第14章 -きおく-


 ジーノとベビィの冒険は続きました。道中、謎の魔物に襲われ困っている星の民を助けながら、たくさんの星と銀河をわたり、少女を探し求めました。しかし、行方は一向にわかりません。そして進展がないまま、またしばらくの時間が流れました。
「ただいま。みんな」
「おかえり、ジーノ」「おかえり、チコ様!」
 天文台に帰ると、いつもと様子が違います。玄関にみんなが集まっていました。
「聞いて! 今日は『星送りの日』なんだ」
「星送りの日?」
「ボクたちの仲間が、星に生まれ変わるときが来た……ってことだよ」
「星に……?」
 ジーノは、ロゼッタたちの旅の目的を思い出しました。
「『生まれ変わる場所』……それが見つかったのか」
 まわりを囲んで、たくさんのチコが別れの言葉を告げていました。
「おめでとう」「元気でね」「さようなら……」
「さよならみんな。さよなら、ママ。今まで、ありがとう…………」
「さようなら、チコ。どうか、いつまでも元気で」
 ロゼッタは、チコをギュッ、と抱きしめました。そして離すと、チコは大きな声で言いました。
「ヘ・ン・シ~ン!」
 すると、目の前の空間にむかってまっすぐ飛びたち、まばゆい光を放った直後、大きな音が鳴りました。チコは、星になったのです。
「おっきいな!」「ボクも、いつかあんな立派な星になるんだ」
 ロゼッタは胸に手を当て、その様子をずっと見続けていました。その美しい横顔に、ジーノは思わず見とれてしまいました。
「ロゼッタ、キミはずっと、こうやってチコたちと別れてきたのかい?」
「はい」
 ジーノは、生まれ変わったチコといっしょに遊んだ日のことを思い出していました。
「見送るのは、辛い役目だね……」
 帽子を少し、引っぱりました。
 ロゼッタは目を閉じて、言いました。
「これは我が子の……いえ、私たち星の民の定め。命は星となり、いつかは、ちりぢりに砕けます。そして、星くずとなって、新しい命が生まれる。繰り返される命の環です。けれど、決して同じ繰り返しはありません。なぜなら、新しい命には『星くずの記憶』が受け継がれています。そして私たちはまた、どこかで会うことができる。そう信じています。ですから、悲しみは、ありません」
 ジーノは、生まれ変わったチコの星を見つめました。
「キレイだ……」
「ええ。これが星の……命の輝きなのです」
 少しして、星の光が落ち着きはじめました。ロゼッタはいつもより声を張り、チコたちに言いました。
「みんな、今夜はあの子の生まれ変わりを祝って、ごちそうよ。星くずがたくさん入った星くずスープを作りましょう」
「やった!」「たくさん、たくさん降りかけよう!」
 ロゼッタとチコたちは、キッチンに向かいました。
「ボクは後で行くよ」
「わかりました。では」
 その場にしゃがみこんで、ジーノはしばらく星を眺めていました。

 食事のあと、ロゼッタは書斎で絵本を読みました。
――チコと女の子を乗せた、ほうき星は旅を続けています。今では、数え切れないほどの、たくさんの「家族」を乗せ 白く輝く尾をひいて、百年に一度、ふるさとの星に 立ち寄るといいます。――
「……ママのおはなしは、これでおしまい。次は、別のおはなしをするわね。さぁ、おやすみの時間よ」
 本を閉じると、ロゼッタはチコたちを寝室に連れて行きました。
「ママ、おやすみ」「おやすみなさい!」
「おやすみなさい」
 チコたちを寝かしつけた後、ロゼッタは自分のベッドルームに向かいました。その途中で、ソファに座っているジーノを見かけました。
「ジーノ、どうしました?」
 声をかけ、ジーノのとなりに座ります。彼は少し間をあけたあと、ロゼッタに問いかけました。
「……ロゼッタ。あの絵本は、キミが書いたのかい?」
「ええ。遠い昔、まだ、あなたに会うずっと前に。こどもたちを楽しませてあげたくて」
 ジーノは前を向きながら、言いました。
「……似ていたんだ。絵本の少女が、ボクの探している女の子に。キミとはじめて会ったとき、キミはわからない、と首を振ったね。でも、本当はどこかで、彼女に会ったことがあるんじゃないかな。ただ、思い出せないだけで…………」
 ロゼッタは、生まれ変わったチコの星を見ながら、答えました。
「……私は、この宇宙で永い時間を過ごしてきました。命がめぐり、星空が何度も変わるほどの長い時間を。私の記憶は、その間に、心の奥深くに沈んでしまったのかもしれません」
「キミは、故郷のことを覚えているかい? キミのママのことは?」
 わからない、と首を振ります。
「思い浮かぶのは、笑顔と、キレイな瞳……そして、ある言葉だけ」
「言葉?」
「『いつも、見ている』と。だから、あなたはひとりじゃない……そう励ましてくれました」
「キミのママはきっと、優しいヒトだったんだね」
 今度はロゼッタが、ジーノに尋ねました。
「ジーノ、あなたは覚えていますか。あなたの大切なヒトと会う前のことを」
「記憶……といえるのかはわからない。
 でも頭の中に、その光景が見えるんだ。ボクは、仲間と一緒に、故郷の星を冒険していた。この顔、カラダで。武器と呼ばれた魔物たちが、ボクたちのスターロードを壊したからだ。スターロードを直すために、ボクは彼らと一緒に旅をすることになった。仲間たちはみんな不思議な力を持っていた。『マロ』は、雲の国の王子様で、いろんな魔法が使えるんだ。雨を降らす魔法、いかずちを落とす魔法、相手の心を読む魔法……でも、ちょっと泣き虫なところがあってさ。泣くとまわりに雨を降らして、ボクたちはよくびしょ濡れにされたよ」
「フフフ……」
 口に手を当て、ロゼッタは微笑みました。
「それから、…………」
 ジーノはロゼッタに故郷での冒険の話をしました。ロゼッタは、その話を静かに笑いながら聞いていました。
「……不思議です。昔、どこかで聞いたことがあるような……そんな気がします。ジーノ、あなたの冒険のことを、もっと聞かせてくれませんか。あなたのことを、絵本にしてみたい。みんなもきっと、喜んでくれます」
「ボクのことを? それは、光栄だ。ぜひお願いするよ」
「ありがとうございます。タイトルは……そうですね……」
 考えていると、ロゼッタの頭の中にふと、名前が浮かび上がりました。
「『ななつぼしのでんせつ』――」
「うん、いいね。……ロゼッタ?」
 なぜ……と、ロゼッタは自分の口にした言葉に驚き、唇に触れました。
「いえ、なんでもありません。よいおはなしが書けるといいのですが」
「大丈夫、キミならできるよ。きっとね。完成を楽しみにしているよ」
 そのあとふたりは、夜が更けるまで冒険の話を続けました。


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