第15章 -おんなのこ-


 ロゼッタたちは、ホワイトスノーギャラクシーに到着しました。そこは、辺り一面が雪に覆われた白銀の世界でした。
 チコたちはおおはしゃぎ。雪合戦に、雪だるま作り、ソリに、かまくら、中には雪像を作るチコまで。寒い星のはずなのに、チコたちはいつもより元気に遊んでいます。
「こらこらキミたち。はしゃぎすぎて、危ないところに行っちゃいけないよ!」
 ジーノが注意した瞬間、彼の顔に雪玉が飛んできました。
「うっ!?」
「隙あり!」「アハハハ!」「白い顔!」
「やったな!」
 ジーノは足元の雪をこれでもかとかき集めると、大きなかたまりを作って、チコに投げつけようとしました。
「お返しだ!」
「今だよ、みんな!」「ああ!」「ソレ!」
 チャンス……とばかりに、みんなはジーノの足をめがけて、一斉に雪玉を投げつけました。
「あっ!」
 バランスを崩し、ジーノは頭に掲げた自分の雪玉を、自らの上に落としてしまいました。これにはひとたまりもありません。ジーノは雪だるまになりました。作る手間が省けたというものです。
「やったぁ!」「今回はボクたちの勝ちだね!」「リベンジ成功!」
 ジーノをやっつけたのは、以前鬼ごっこをしたチコたちのようです。
 ロゼッタはその様子を見て、クスリと笑いました。
「ママ、見て!」「ママを作ったよ!」
 ロゼッタの雪像を作っているチコたちもいました。本人よりもずっと大きく、ロゼッタはその雪像に見下ろされていました。
「すごいわ。私にそっくりね」
「エヘヘ」
「ジーノも作ってみたよ」「ちょっと変なカタチだけどね。アハハッ」
 ロゼッタの雪像の隣に、ジーノの雪像も作られていました。こちらは原寸大。そのかわり、顔がしっかりと描かれているようです。描かれた目は活き活きとしています。
「みんな上手ね。ずっと、ここに残しておきたいわ」
 その日、チコたちは、朝から夕方まで、おやつの時間も忘れて遊びに没頭しました。
 雪から這い出たジーノは、その場にしゃがみ込み、カラダの雪をはらいました。
「ふぅ……まいったな。まさかみんながこんなに元気になるなんて」
「ありがとうございます。あなたがここに向かうといったときの、みんなの喜びようといったら」
「まだここには来たことがなかったからね。たまたまさ。それにボクも、雪を見てみたくってね。間近で見るのは、今日が初めてなんだ」
 ジーノは手を伸ばし、降る雪をつかみました。そして、愛しそうに見つめました。
「キレイだね」
「ええ、とても…………」
 ロゼッタの目に、ふとソリで遊ぶチコたちが映りました。
「…………ソリ」
「えっ?」
「あ、いえ……日が傾いて、少し寒くなりましたね」
「そうか。気が付かなかったよ。ボクはこんなカラダだから」
 ジーノはさっき手に取った雪を握りました。溶けることはありません。
「ちょっと遅い気遣いだけど。これを」
 ジーノは、自分のマントをロゼッタにかけました。
「ありがとう。とても、温かいです」
 マントは雪に埋もれたせいで、少し凍っていました。けれど、ロゼッタはちっとも寒くありませんでした。

 辺りがだんだん暗くなってきました。寒さも一層強くなります。
 ロゼッタはチコたちを呼びました。
「みんな。そろそろ食事の支度をするわ。帰ってらっしゃい」
「はーい!」「明日も遊ぼう!」「今夜はココアが飲みたいな」
「みんな、いるわね?」
 確認をしていると、遠くから黒いチコが飛んできました。何やらあわてている様子です。
「助けてください! ロザリィが!」
「どうしたの?」
「私たち、この先のどうくつで探検をしていたら、魔物に襲われて…………ロザリィとはぐれてしまったんです」
「ロザリィ?」
「はい……ロザリィはママをいっしょに探してくれている女の子なんです」
「まさか……」
 ジーノは立ち上がりました。
「ロゼッタはチコたちといっしょに天文台へ」
「しかし……」
「ボクに任せてくれ」
 ジーノは、大丈夫、とうなずきました。
「……わかりました。雪が吹雪いてきました。これを」
 マントをジーノに返します。
「それから、これも持って行ってください」
 ロゼッタは、イヤリングの片方を外し、渡しました。
「これは……?」
「お守りです。このイヤリングにはまじないがかけてあります。これを持っていれば、互いにはなればなれになっても、光が導べとなって、居場所がわかります。暗い場所では明かりとなって、あなたを照らしてくれるでしょう」
 ジーノは、イヤリングを握り、胸にあてがいました。
「ありがとう。行ってくる」
「気を付けて……」
 ジーノは黒いチコの言っていた、どうくつに入っていきました。

 中は真っ暗。どこに進めばいいのかわかりません。
 ジーノは渡されたイヤリングを掲げました。そしてスター語で、こう唱えました。
「◎(#"...☆шя!(光よ……照らせ!)」
 すると、イヤリングが光り、どうくつの中はさながら昼間のように明るくなりました。
「ロザリィ! どこにいるんだい?」
 大声で、女の子の名前を呼びます。けれど、返事はなく、彼の声だけがどうくつの中をこだましました。それでも、声をかけ続けます。もっと大きな声で。それでもだめなら、もっともっと大きな声で……
 ミシッ……ピシッ………
 嫌な音が聞こえてきます。しかし、ジーノの耳には届いていませんでした。
「ロザリィ!!」
 と叫んだ瞬間、天井にぶら下がっていたつららが、ジーノの頭をめがけて落っこちてきました。
「うわっ!?」
 かろうじて、避けることができました。しかし、今度は足を滑らせ、ジーノは大きな穴の中に落っこちてしまいました。
「う……ん……ここは……?」
 雪に突っ込んだ頭をひっこ抜きます。ジーノはどうくつから抜け出して、小さな惑星にいました。
「どうなってるんだ?」
 雪をはらいながら周囲を見渡していると、前方から声が聞こえました。女の子の声です。
「誰か! チコ!」
 女の子が、魔物に追いかけられていました。刺々した体に、大きな赤い鼻がついています。氷の魔物、スノーキーです。
「伏せて!」
「!」
 ジーノは腕を構え、魔物の鼻に狙いを定めます。
「当ててくださいって、言ってるようなものだぜ! 赤鼻くん! スーパーダブルパンチ!」
 両手から、ロケットパンチを発射しました。魔物の赤鼻は以前にも増して赤くなり、彼方へ飛んでいきました。
 ジーノは、女の子のそばに寄りました。
「ケガはないかい?」
「ありがとう。助かったわ。私、ロザリィ。あなたは?」
「ボクはジーノ。この宇宙を旅している者だ」
「ジーノ……!」
 名前を聞いた途端、女の子はジーノに抱きつき、押し倒しました。突然の抱擁に、ジーノはびっくり。カラダが動きません。
「ずっと会いたかった……! あなたに!」
 女の子の言葉を聞いて、ジーノは安心しました。
「ああ……やっぱり、キミだったんだね。よかった、無事で!」
 ジーノは、上体を起こし、抱きしめ返しました。
「ボクも会いたかった。ずっと、ずっと探していた。ボクがキミを止めていれば、こんなことにはならなかった…すまない。さぁ、こんなところに長居は無用だ」
 ふたりは帰り道を探しました。しかし、ここはぽつんと離れた小さな惑星。見つかるわけがありません。吹雪がますます激しくなり、ふたりに襲い掛かります。
「寒い……」
 女の子のカラダが、どんどん冷たくなっていきます。ジーノは彼女にマントをかけました。
「しばらくの辛抱だ……待っていてくれ」
 ジーノは、イヤリングを持って、念じました。
「(ロゼッタ……ボクたちはここだ! 来てくれ!)」
 それから、何か燃えるものはないか探しました。けれど、ここには雪しかありません。
「この吹雪では、ロゼッタたちも近づけない…」
 このままでは……ジーノは考えました。燃えるもの。燃えるもの……
「ここにあるじゃないか」
 ジーノは自分の右腕を外し、腕にめがけて弱めにビームを照射しました。
「ジーノ……!? そんな……」
「大丈夫。心配いらないよ」
 腕に火がつき、ふたりは暖を取りました。
「ありがとう、ジーノ……」
 手を火に近づけながら、女の子は言いました。
「寂しかったわ。暗い宇宙を、ずっとチコと旅して……ママはいないと気づいたのは、しばらくしてから。でも、チコを放っておけなくて……あの子のママを見つけてあげるまでは帰らないって、決めたの」
 ジーノは、女の子の頭を撫でました。
「大変だったね。キミは、やさしい子だ。もう大丈夫だよ。ボクは、チコたちのママといっしょに旅をしてきた。彼女なら、きっとチコを幸せにしてくれる」
 ふたりは、今まで冒険してきたことを話し合いました。そして、気が付くと吹雪は止み、朝になっていました。
 朝日に照らされ輝いた天文台が、ふたりの目の前に現れました。
「おかえりなさいませ。ふたりともご無事ですか」
「うん、なんとかね。バトラー、この子に温かい毛布を用意してあげてくれ」
「はいはい、ただいま」
 ロゼッタは、不安げな顔をしています。
「場所はわかっていたのですが、吹雪で近づくことができず……あの吹雪から、強力な魔法を感じました。何者かが、我々の接触を阻んだようです」
「魔法だって? いったい誰が……」
「わかりません。イヤな予感がします」
 ジーノもまた、不安をぬぐいきることができません。でも今だけは、再会できた喜びを感じていたい。そう思っていました。
「……うん、でも、帰ってこれた。ロゼッタ、紹介するよ。ロザリィだ。ボクがずっと探していた子さ」
 女の子は、恐る恐る尋ねました。
「あなたが、チコたちのママ?」
「ええ。はじめまして、ロザリィさん。私はロゼッタ。チコたちのママです。そして、このほうき星の天文台の主です」
 ロゼッタは軽くおじぎをして答えました。
「会えてよかった……これであの子は、きっと大丈夫ね」
「さっきまでこちらにいたのですが……どこに行ってしまったのでしょうか」
「照れ隠しです。あのコ、とっても不器用なの」
 ロゼッタは、女の子を案内しました。
「さぁ、こちらへ。温かい飲み物を用意しています。どうぞ召し上がってください」
「ありがとう。ロゼッタさん。いただきます」
 そうだ……とジーノは、思い出し、ロゼッタにイヤリングを差し出しました。
「ロゼッタ、これを。色々と助かったよ」
 ロゼッタはジーノの手を、イヤリングを握らせたまま返しました。
「これは、しばらくあなたが預かってください。旅はまだこれからも続きます。だからこれが、どこかで役に立つときがきっと来ます」
「わかった。それじゃあ、しばらく借りるよ」
「では、船の航路をあなたたちの星に。参りましょう」
 ロゼッタの杖からでた光が天文台を包み込み、天文台にほうき星の尾を引かせました。いよいよ、彼らの故郷へ帰るときが来たのです。
「あぁ、行こう。ボクと……ロザリィの星に!」
 天文台は、故郷の星を目指して、まっすぐに進みました。


「隊長殿。『彼女』から連絡がありました。『成功した』……と」
「フッフッフ……予定通りだな。さて、我々も行こうか」
 斧の星船は向きを変え、天文台に向かいました。


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