第27章 -ぶきのおう-


 奥の部屋に入ると、そこに彼はいました。たくましいひげと眉毛、そして黄金に輝く冠。巨大な鉄槌を片手に、怒れる赤い瞳が、ふたりを捉えます。
「きたか、ジーノ。我がはじまりの武器よ」
「カジオー!」
「あなたが、カジオー……武器たちを総べる王」
 カジオーは拳を握りしめ、玉座からゆっくり立ち上がりました。
「再び会える日を、楽しみにしていたぞ。復讐を遂げる日をな」
「まさか、生きていたとは……」
 あのとき、確かに聞いた断末魔。光に包まれ、カジオーの身体が崩れていく瞬間を、ジーノは思い出しました。
「お前たちに敗れ、身体が崩壊しても、ワシの魂は残り続けた。無念をはらす……その思いがワシをとどまらせた。そして長い時間をかけ、今再び、王としてよみがえったのだ!」
「なぜだ。お前たち武器は、なぜボクたちの世界を脅かす……!」
 ジーノの問いを、カジオーは鼻で笑いました。
「なぜ? わからないのか? ワシら武器は元々、お前たちが生み出した存在なのだぞ!」
「なに……?」
 ふたりは怪訝な表情を浮かべながら、カジオーの話しを聞きました。
「ワシらは、この宇宙に漂う憎悪によって、お前たちの世界に送り出された使者。願いや夢……生きる者として在る以上、必ず生まれるその思いは、次の命へと受け継がれていく。場所、時間、物、星くずの記憶といったかたちで。だが、それによってちがいが生まれ、ヒトは互いに妬み、憎むようになる。そして、奪い、邪魔をするのだ! 武器を使ってな!」
 ふたりに向けられたカジオーの鉄槌が鈍く、冷たく光りました。
「願いはいつもひとつではない。願いが叶うということ。それはときに、他の誰かの願いが潰えたことも意味する。願いと願いがぶつかり、散っていく様を、貴様は幾度となく目にしたはずだ。皆の願いを星にして、見守っていたねがいぼしの化身ならば」
「!」
 ジーノは、知っていました。願いと願いはときに相反すること。願いはいつも等しく叶うわけではないことを。願いが叶い、たくさんの流れ星が降り注ぐ一方で、それ以上の数の願いが散っていく様子を、ジーノは目にしていました。
「散っていった願いは憎しみ、悲しみとなって、星の世界へと流れていく。それはいつしか集い、カタチを成した……それがワシら『武器』。思い出しただろう? ワシが作り出した最初の武器、『GENO』よ」
「! やはりこの身体は、お前が作った武器だったのか……!」
「そうだ。だが、貴様は動かなかった。足りないものがあったからだ。それがなんなのか、ワシにはわからなかった。動かない人形に用はない。ワシはお前たちの世界に、貴様を捨てたのだ」
「そしてボクはその身体を見つけ、宿った……」
 ジーノの疑問が、確信へと変わりました。子供のための人形とは到底思えない力の数々。幾度となく訪れた危機を乗り越えることができたのは、この武器の身体があったから。
 運命のいたずらに、ジーノは翻弄されていました。
「まさか、自分の捨てた人形に仇なされるとは思いもしなかったがな。皮肉なものよ」
 自嘲しながら、カジオーは話を続けます。
「部下から名前を聞いたとき、もしやと思ったが、確信はなかった。再びここで会うまでは。そしてお前たちに負けた後、気づいたのだ。貴様を動かすために、足りなかったもの。それは……」
「願い……」
 ぽつりと、ロゼッタがつぶやきました。
「そう。だからワシは望んだのだ。お前たちの世界の破滅を!」
「それで生まれたのが、ジェノというわけか」
「ああ。奴の強力な力を目にして、ワシは星の力を武器に宿そうと考えた。そして、星狩りを部下たちに行わせたのだ。フッフッフ……楽しかったぞ。奴らが悶え、苦しむ姿を見るのは。お前たちにも見せてやりたいところだ」
「許せない!」
 鋼の歯をぎらつかせ、高笑いするカジオーを、ジーノは睨みつけました。
「キミたちのせいで、ボクたちはもう少しで大切なヒトを失うところだった。もう、みんなが悲しむようなことはさせない!」
「フン。もうすぐカリバーはお前たちの世界に到着する。戦いのめぐりは再び訪れるのだ。それに今話しただろう。ヒトビトが何かを願い、叶えようとする限り、悲しみや憎しみは消えない。そしてワシらは何度でも、何度でもよみがえる。お前たちでは、戦いを止めることなどできはしない。だからワシらが、全ての根源である願いを絶ち、争いを終わらせてやろう。世界に希望など……願いなど……必要ない!」
「ちがう……ちがいます!」
「ロゼッタ……?」
 ジーノの隣で、ロゼッタは言いました。
「私は、ママにもう一度会いたかった。その願いがあったから、私はこの星の世界に来ました。でも、ママはいなかった。そして、幾多の我が子と別れ……私は悲しみに包まれ、心を閉ざしました。もうつらい思いをしないようにと。悲しまないようにと。けれど、それは間違いだった。心を氷で覆いつくしても、体に流れる星くずの記憶はなくなりはしなかった……私は『大切なヒト』と、ジーノと出会い、心を取り戻しました。そのおかげで、この世界と再び向き合うことができるようになったのです」
 ロゼッタはジーノを見て、ほんの少しの笑みをこぼしました。
「願いがあるから、私たちは昨日を思い、今日に向かい、明日を望むことができる。悲しいこと、つらいことがあるとわかっていても……ときには悩み、悔やんで、苦しくなったとしても……それでも、上を向いて『星』を見続けること。それが、『生きる』ということなのだと、私は知りました。だからもし、あなたの望んだ世界に、みんなの笑顔がないのだとしたら……私たちは、戦います。あなたを止めてみせます」
「ほう。ただ星の子をあやしているだけかと思っていたが……面白い! ならば示してみよ。生きることとは、星を見ることとは何なのかを」
 カジオーはふたりの前に出ました。ついに、対決のときがやってきたのです。
「お前たちの世界を叩き直し、今度こそ完成させてやる。武器だけの世界を! 願いの叶わない、まことの世界を!」
「ロゼッタ!」「ジーノ!」
 ふたりは目を合わせてコクリとうなづくと、カジオーに武器を向けました。
「さぁ来い! 忌むべき星の使いどもよ!」
 カジオーが持ち上げると、その鉄槌はさきほどの何倍もの大きさに膨れ上がり、ふたりめがけて振り下ろされました。
「メガトンハンマー!」
 叩かれた床は大きくひしゃげ、周囲に轟音と衝撃をまき散らしました。ロゼッタとジーノは左右に分かれ、なんとか攻撃をかわします。
「ワシの武器生産を、存分に見せてやろう!」
 カジオーは溶鉱炉のそばに向かうと、出てきたドロドロの金属を叩いて武器を作りました。
「さぁ、いけ!」
 剣に乗った武器たちがピョンピョンと飛び回り、ふたりに襲い掛かります。
「レインソード!」
 無数の短剣が、雨となって降ってきました。ロゼッタは自身とジーノの周りにバリアを発生させ、短剣から身を守りました。
 カジオーは、武器を作り続けます。鍛える音が途絶えることなく、部屋中に響きました。
 ジーノは背中から剣を抜き、勢いよく振りました。星の力をまとった斬撃が、武器たちを次々と切り裂いていきます。ロゼッタは魔法で武器たちの攻撃を防ぎ、ジーノをカジオーのもとへと導きました。
 ジーノが一太刀を加えると、カジオーは剣を槌の柄で受け止めました。
「ロゼッタ、今だ! あの溶鉱炉を!」
 起死回生のチャンス。ロゼッタは呪文を唱えました。溶鉱炉の口がみるみる凍り、液体の流れが完全にストップしました。
「ぬぅ……!」
 カジオーから伝わる動揺を感じ、ジーノはありったけの力を剣に込めました。槌は虚空を舞い、ドシン、と大きな音を立てて地面にめり込みました。
 武器を作る力を失ったカジオーは、頭から湯気を出し、その怒りをあらわにしています。
「おのれ……こわっぱども!」
「カジオー! 今すぐカリバーを止めるんだ!」
 ジーノは、カジオーに剣を向けて言いました。
「フン! これで勝ったつもりか! 甘いぞ。あれを見るがいい!」
 カジオーが指を差した先には、小さく輝く星が宙を舞っていました。
「! まさか、あれは……」
 話の最中、ふたりの後をついてきた星に、カジオーは気づいていたのです。そして、その正体にも。
 どこからともなく、声が聞こえます。

 ――カジオー様。我が魂をお使いください。

 小さな星は大きく飛び上がると、煮えたぎる溶鉱炉の中にその身を落としました。
「ジェノ……我が憎しみの化身よ。我が武器とひとつになれ!」
 ゴゴゴゴゴ……部屋中に振動が走ります。おぞましい力を感じ、ロゼッタは無意識のうちに後ずさりをしました。
「この力は……いけない!」
 溶鉱炉が砕け、なかからドロドロの怪物が姿を現しました。決まった形を成さず、不気味に動くそれは、この世界のものとは思えないほどの邪悪に満ちていました。
 その禍々しさに、カジオーは歓喜しました。
「ハッハッハ……これだ! これこそが! 究極の武器!」
「オォオオオオオオオオ……!」
 口らしきくぼみから、怪物は声のような音を吐き出しました。
「さぁ、ゆけ! 奴らを叩きつぶすのだ!」
 カジオーはジーノとロゼッタを指差し、怪物に命令しました。しかし、カジオーの声は、怪物には届いていませんでした。
 怪物から巨大な手のようなものが現れると、何十トンもの重さをもつカジオーを軽々とつかみあげました。そして怪物は、カジオーを口の中にパクリと放り込みました。
「な、何をする!? ぐわああああああ……!!」
 それが、ふたりの聞いたカジオーの最後の声でした。
「カジオーをも取り込んで……!?」
 すると、その怪物はみるみる姿を変えていきました。今にも飛び出そうな巨大な目がぎょろりと動いています。頭には、カジオーのものよりもはるかに大きな王冠が乗り、首元からは巨大な手が鎖につながれ、何本も垂れていました。
 むき出しになった歯は小刻みに蠢いて、仕込まれた機関銃に弾を装填しています。
 ジェノは、自分の魂と引き換えに、カジオーに強大な星の力を与えたのです。
「これが、カジオーの真の姿なのか!?」
 怪物は落ちていたカジオーの鉄槌を手に取り、高らかに掲げました。
「ワレハコワスモノ……ハカイセヨ……ハカイセヨ……ハカイセヨ!!」
 『壊す者』と名乗る怪物。咆哮が耳をつんざき、大地を揺らします。何倍もの大きさと力を得たカジオー。しかし、ジーノとロゼッタの目にはまだ、希望の光が宿っていました。
 巡りの環が、今再び、閉じられようとしています……


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