第28章 -つるぎ-


 ルーバたちは捕らえられた星の民たちを解放し、ほうき星の天文台に集めていました。長い間捕まり、すっかり弱ってしまった星の民たち。足取り重い彼らの体を、ルーバたちはひとりひとり支え、天文台に導きました。
 そのさなか、工場の奥から、恐ろしい声が……憎しみに満ちた、何者かの叫びが聞こえてきました。いやな予感がします。
「あの雄叫びは……まさかおふたりの身に何かが?」
 星船の船員がルーバに尋ねます。ルーバはじっと工場の奥を見つめ、声に耳を傾けていました。
「この声はまるでねがいぼしくんの……脱出の準備を急ごう。外の星船の連中にも連絡を頼むよ」
「イエッサー!」
 船員たちは、疲れているはずの体をよりせわしく動かしました。脱出の指揮を執っていたルーバも、手伝いに参加しました。
「あとは、ロゼッタ様とねがいぼしくんか」
「ママ……」「ジーノ……」「ロゼッタ様……ジーノ殿……」
 天文台のみんなは、先ほどの声に不安を覚えていました。みんなに看病され、元気になったベビィがルーバのもとへやってきました。
「ルーバ、ママは帰ってくるよね? ジーノは、悪いやつなんかに負けないよね?」
 ベビィの声に、ルーバは笑顔で答えました。
「もちろんですよ。チコさまがそれを一番ご存じのはずです。あの黒き魔女を前にしても、ねがいぼしくんは決してロゼッタ様のことをあきらめはしなかった。祈りましょう。ふたりの無事を」
「うん。ママ……ジーノ……」
 星の民たちを支えながら、ベビィたちは心の中でふたりの無事を願いました。脱出の準備が終わるまで、あと少しです。


 ジーノとロゼッタは、カジオーと激しい戦いを繰り広げていました。一瞬一瞬がすべてを握る戦い。瞬きひとつも許さない攻防に、ふたりは必死に食らいついていました。
 魔法と斬撃、無数の弾丸が飛び交います。刹那、カジオーは槌をふるい、ジーノを吹き飛ばしました。
「うっ……」
 剣が、ロゼッタのもとへ飛んできました。両手で持ち、ジーノのそばへ投げます。
「ジーノ! 剣を!」
 地面にめり込んだジーノを無視して、カジオーはロゼッタのもとへ近づいていきました。そして、歯に仕込んだ機関銃を彼女に向けました。よけきれない……ロゼッタは覚悟しました。それでも、カジオーに向けるまなざしは強く、遠く……変わることはありません。
「カジオー……お前の相手は、このボクだ!」
 ジーノは、ボロボロになった体を持ち上げ、カジオーに銃を向けました。
「スターガン!」
 星の力をこめた銃弾が、カジオーの体に無数の傷をつけました。カジオーはひるみ、後ずさりします。
「ロゼッタ!」
 大丈夫と、ロゼッタはうなづきました。ジーノは剣を握りしめ、再びカジオーに向かっていきました。
「あきらめない……ボクたちは、絶対に負けない!」
 そのときです。背後から、たくさんの小さな光が現れました。この光はもしかして……ロゼッタは、スターロードで見た自分の願いの光を思い出しました。
「これは……みんなの願い? 願いが、ジーノのもとへ集まっていく……」
 ――ジーノ、がんばって!
 ――負けないで!
 ――ジーノ殿、ロゼッタ様を、どうかお守りください。
 ――ねがいぼしくん、頼んだよ!
 ――みんなを! ママを! 助けて!
 光に触れると、声が聞こえてきました。天文台のみんな、ルーバたちの声です。ジーノは剣をかざし、唱えました。
「願いよ……力となって、この剣に宿りたまえ!」
 願いがジーノの剣に集まり、青白い光を帯びました。ロゼッタは両手をあわせて握り、祈りました。
「ジーノ、私の願いを、あなたに……」
 ロゼッタの願いがジーノを包み、カジオーの攻撃をしりぞけました。ついに、決着のとき。ジーノは大きく跳躍し、カジオーに剣を振り下ろしました。
「闇を祓え! ジーノソード!」
 カジオーを包んだ邪悪が、音を立てて崩れていきます。なかから、カジオーが出てきました。意識はなく、立ち上がる様子はありません。全てが終わった……ふたりは互いに目を合わせ、安堵の表情を浮かべました。
 しかしそのとき……残骸から、呪いの言葉が聞こえてきました。
「ユルサナイ……ユルサナイ……!」
 ジーノはとっさに剣を構えました。もう消えるのを待つことしかできないはずのジェノを前に、ジーノは言いようのない不安を抱きました。
「オマエタチノ世界ナド……もうイラナイ……コッパミジンにしてやるルルル……ウォオオオオオオオ!!」
 ジェノは砕け散った体を使い、咆哮しました。すると地面が激しく振動しはじめました。
「地震! 何をした!?」
「クックックック……カリバーの航行速度ヲ……最大まで上げタ……このスピードでつっこメバ、お前らの星など……真っ二つ……ダ」
「そんな……止めろ! 今すぐ止めるんだ!」
 無駄だとわかっていても、ジーノはジェノの残骸に剣を突き立て、訴えるしかありませんでした。
「モウ遅イ……コウナッテしまったラ、誰ニモ止めるスベはナイ……ワレラの勝利、ダ……ハッハッハッハッハ」
 勝利を確信し、ジェノは笑いました。そして振動によって、わずかに残っていたジェノの残骸は崩れ去っていきました。
「ジーノ……」
 立ち尽くすふたり。ジーノはうつむいた顔を上げ、前を見据えました。
「いや、まだ手はある……」
 ジーノは振り返り、ロゼッタに手を差し伸べました。
「ロゼッタ、ボクに考えがある。ここから出よう」
 ふたりはその場を後にして、天文台へと急ぎました。王の間にはカジオーと、ジェノの残骸に突き立てた剣だけが残りました。


「もう少しだ!」
 激しい振動によって、崩れていく工場。倒れる機械と落ちてくる瓦礫をよけながら、ふたりは走り、ついに天文台を視界にとらえました。ルーバとベビィ、そして捕まっていた星の民たちが手を振っています。
 道中、瓦礫に埋もれ、身動きの取れなくなったチコが泣き叫んでいました。
「! ジーノ! あの子を」
 ジーノはすぐさま方向を変え、チコのもとへ行きました。
「ボクが行く! ロゼッタは天文台に!」
 軽やかな動きで瓦礫の上を乗り継ぎ、ジーノはチコのそばまでたどり着きました。
「うぇーん……ママ……ママ……」
「もう大丈夫だ。ちょっと、我慢してくれよ」
 ジーノは瓦礫に照準を合わせました。
「ジーノビーム!」
 瓦礫は崩れ、ジーノはチコを救い出しました。
「ねがいぼしくん!」「ジーノ!」「はやく!」
 発着場が崩れ、離陸を始める天文台。ジーノはチコをロゼッタに差し出しました。
「この子を先に!」
 ロゼッタはチコを抱きしめました。あとは、ジーノだけ。
「ジーノ! 手を!」
 手を伸ばし、ロゼッタの手を握りしめた、そのとき――
「!? ロゼッタ! 危ない!」
「アハ……アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ……」


 倒れる直前、最後に見たのはロゼッタの姿。無事でよかった――ジーノは、安心しました。
 星の民を斬るために作られた忌まわしき剣。その凶刃は尾を引く一筋の流れ星のように、一直線に、まっすぐに空を裂き……





 ジーノの胸を、貫きました。


[次へ]
[前へ]
[目次へ]