終章 -ほしをみるもの-


 ある晩……旅人がひとり、その町を訪れました。町の入り口には、バラをかたどった看板が置いてありました。
「ローズ、タウン? ……私と、同じ名前」
 自分と同じ名前のついた町に、旅人は妙な親近感を抱きました。
 町に入ろうとすると、門番に引き止められました。
「人を探しています。どうか、町に入れてください」
「申し訳ありませんが、最近怪しげな連中がうろついていまして……身元を証明できる何かがないと、町に入れてはいけない決まりとなっております」
「その、私は……」
 答えあぐねていると、旅人のローブの隙間からぽとりと、赤い帽子が落ちました。帽子を見て、門番は顔色を変えました。
「その帽子は! 失礼いたしました!」
 門番は仲間に合図を送り、門を開けさせました。旅人は町の中に入ることができました。
 少し歩いた後、ローブの中から声が聞こえてきました。
「ついてきて、よかったでしょ?」
 得意げな声にクスリと笑いながら、旅人は町にたったひとつだけある宿に向かいました。

「……いくぞ! 『シュ~ティングスタァ~~~~~~ショット』!! ……あ……外れちゃった」
「きゃあ! ……さん! 大丈夫ですか!?」
 中から、何やら騒がしい声が聞こえます。
「あわわわ! ベッドはどこですか! 」
「2階です! こちらに!」
「……、ごめんなさい……」
 気絶したお客さんをベッドに運び、フーッと息をついたそのとき、コンコン……、とドアをノックする音が聞こえました。こんな時間に、お客さん? ママは用心して、扉の近くに行きました。ドアの覗き穴から、外を見ます。
「夜分遅くにすみません。一晩泊めていただくことはできませんか?」
 フードで顔はよく見えませんが、その声色から女性だとわかりました。ママは安心して、ドアを開けました。
「ええ。どうぞお入りください」
「ありがとうございます」
 ママは女性を中に入れ、ドアを閉めました。
「トイドー。今日はもう寝なさい。朝になったら、ちゃんと謝るのよ」
「はぁい、ママ……おやすみ」
「おやすみ」
 おとこのこは人形をいつもの場所に置き、いつもの一声をかけました。
「おやすみ、ジーノ」
 おとこのこは寝室へ駆け上がっていきました。
 人形の名前を聞き、女性は置かれた人形に目をやりました。そして、にこやかな表情を浮かべました。
 その様子を見て、ママは尋ねました。
「もしかして、あの人形はあなたのものですか?」
「……いえ、お人形遊びが懐かしいな、と思ったので」
「実はあの人形、外で見つけたんですよ。足の裏にあの子の名前が書いてあったから、持って帰ってきたんです。知らないと言われたので、貼り紙をして、持ち主が見つかるまで家で預かっています」
「とても、気に入ってるようですね」
「ジーノは、あの子の『ヒーロー』ですからね」
 ママはコップに暖かい紅茶を注ぎ、女性に渡しました。
「いただきます」
 アプリコットの香りがします。女性は紅茶を口に運びながら、おとこのこの人形をしばらく見ていました。



 ……月明かりが照らす真夜中、女性は部屋からこっそり脱け出し、人形の前に立ちました。
 フードを脱ぐと、美しいブロンドの髪と輝くイヤリング、そして蒼く澄んだ瞳があらわになりました。
 女性の正体は、ロゼッタでした。
「ジーノ……」
 もう一度会いたい……その思いだけを頼りに、ロゼッタとベビィはあてのない旅を続けてきました。湖に住む仙人に尋ね、ふたりはようやく人形の居場所の手がかりを見つけたのです。
 ロゼッタは胸に手を当て、そして目を閉じて、心の中の彼に話しかけました。
「……あなたは今、私の星くずの記憶によって、私の知っているジーノとしていてくれる。だから、私から離れて、人形に宿ったとき……あなたは、私のことをすべて忘れるでしょう。そして、生まれるのです。新たな『ジーノ』として……」
 旅の最中、幾度も悩み、考え、決めたことのはずなのに……人形を前にして、ロゼッタのなかに再び迷いが生じていました。
「私があなたを覚えていても、あなたはもう、私を覚えていない……それが、たまらなく苦しい。私のこの想いと記憶をすべて、あなたにゆだねて忘れてしまいたい……私が昔、自分の心を凍てつかせ、悲しみを忘れようとしたみたいに。それが、どれほど残酷なことなのか、私は知っているはずなのに……」






































 ……永遠の時が流れたように、感じられました。
 ロゼッタはゆっくりと目を開き、杖を握りました。迷いはもう、ありません。
「あなたは、『ジーノ』。私の、私たちの……ヒーロー。たくさんのヒトが、あなたを待っているわ。だから、あなたは行かなくてはならない。迷いなく、ただひたすら、前を向いて…………ジーノ、あなたが……『天空の使者』として、みんなの願いを照らす、希望の光となりますように……」
 杖をふるうと、彼女の身体から小さな星が誕生しました。
 星は人形の上でくるくると回ったのち、そのままゆっくりと降りて、人形の中へ入っていきました。その瞬間、人形の身体を光が包み込み、部屋はさながら昼間のように明るくなりました。そして光の中から、『彼』は姿を現しました。
 ロゼッタは、『彼』を見つめました。
「『ジーノ』……?」
 彼女の目に応えるように、『彼』は小さくうなづき、微笑みました。
「ただいま、ロゼッタ」
 ロゼッタの目に、涙が溢れました。ふたりは、熱い抱擁を交わします。ジーノの耳元で、彼女はささやきました。
「おかえりジーノ……」


 世界のすべてが、そこにあるような気がしました。しばしの時が流れたあと、ジーノは言いました。

「星を見に行こう」
 ふたりは宿を離れ、見晴らしの良い丘へ行きました。



 幾千、幾万、幾億の星が輝く夜空の下、ジーノとロゼッタ、そしてベビィは寄り添って、星を観ながら今までの冒険のことを話しました。
 水の星で、悪い魔法使いにロゼッタが人魚にされてしまったときのおはなし……銀河の大都会で買い物をしていたとき、武器たちとばったり出くわしてしまったときのおはなし……星くずがたくさん降り注ぐ恵みの日に、みんなで星くずを拾ったときのおはなし……足元輝く星の道で、ぎこちなくダンスをしたときのおはなし……あのとき、足を踏んだのはどっちだったっけ? そんな他愛のないおはなしも少し……
 たくさんたくさん、話をしました。冒険の日々は、楽しかったことだけではなく、びっくりしたことや困ったこと、ハラハラドキドキしたことも多くありましたが、今はすべてが懐かしい思い出となっていました。
「よかった……ジーノが無事で。ボク、みんなに連絡してくるよ!」
 そう言い残し、ベビィは星船のほうへ飛んでいきました。空が少し、明るくなりました。もうすぐ、夜明けの時間です。
「ありがとう、ジーノ……『私たちのジーノ』のことを話してくれて」
「!」
 星を見ていたジーノの目が、彼女の瞳に移りました。『ジーノ』は視線を落とし、前を向きました。
「……やっぱりキミは、気づいていたんだね……すまない。キミの知っているジーノは、もう……」
「ええ。わかっています。今のあなたは、私の星くずの記憶が作り出した、幻……」
 彼女たちとともに生きたジーノは……あのときすでに、失われていました。旅の途中、ロゼッタは自分の中で胎動する『彼』から、それを感じていました。
「不思議だ。ボクはもう、この世界にはいないはずなのに……こうしてキミとまた、会うことができた。これが、奇跡というものなのだろうか?」
 いいえ……ロゼッタは笑顔で首を振りました。ジーノはキョトンとしています。
「『大切なヒト』と会いたいと願う気持ち。その引力が、私たちを再び引き寄せたのです。かつて、スターロードで私たちが巡り会ったように。前にも、話したでしょ?」
「そうだったね。ボクたちは、この空と、あの星々でつながっている。星が輝く限り、ボクたちは何度でも、会いに行ける」
「たとえ、すべての星が消えて、何も見えなくなったとしても……私たちはつながっている。私たちの、もうひとりのヒーロー……『マリオ』のもとで、私たちは会うことができる。そう信じています」
 星船が、ふたりのもとに飛んでくるのが見えます。ジーノは立ち上がり、マントについたホコリをはらいました。
「ボクは、行くよ。ボクを必要とする人たちのもとへ」
「はい。私も旅に出ます。あなたを待っている人たちがいるように、私にも……あの星の世界のどこかで、私を待っている子供たちがいるのだから。そしていつかまた、あなたに会いに行きます。この巡る世界に、感謝しながら……」
 ロゼッタは膝立ちして、ジーノの頬にチュッ……とキスしました。
「気を付けて。星くずの恵みが、あなたにありますように」
「ありがとう。ロゼッタ……キミたちに、星くずの恵みがあらんことを」
 夜が明けました。ジーノは一度も振り向かず、まっすぐに歩いていきました。目の前には、広大な森が広がっています。
「人は誰かと出会い、別れ……そしていつか巡り会う」
 ロゼッタとベビィは、星船に乗り、天文台へと戻りました。
 そこには、みんなが……家族が待っていました。



 ルーバは武器たちにとらわれていたチコたちを天文台に預けました。修理され、新しくなった星船はご機嫌な様子です。ルーバは舵を思いっきり回し、星船を航路に向けました。
「ロゼッタ様、チコたちを頼みます。ではまた!」
「さよーならーー!」「お元気でーーー!」 
「ありがとう、ルーバ。さようなら」
「さようなら!」「ありがとーーーー!!」
 ルーバたちが見えなくなるまで、ロゼッタたちは手を振り、彼らの旅立ちを祝福しました。
 バトラーはロゼッタの瞳を見ました、穏やかでやさしく、そして信念に満ちたその目を見て、バトラーは深くうなづきました。
「ロゼッタ様。あなたは、とてもお強くなられました。またいつかジーノ殿と会えることを、私も信じております」
「バトラー、ありがとう。さぁ、参りましょう」
 杖をかざすと、天文台は光の繭に包まれ、白い尾を引いて星を後にしました。



 星の光の花咲く丘で、ジーノは仲間たちとともにスターピースを探していました。足元に、誰かの願いが落ちています。
「この願いは……」
 ジーノはしばらく、その願いを胸にあてがい、目をつぶりました。ジーノの顔に笑顔が浮かびます。
「ジーノさん! 置いて行っちゃいますよ!」
「あぁ! 今行くよ!」
 返事をしたあと、ジーノは星をその場に置き、仲間のもとへと走りました。その願いは誰のものだったのか、願いは叶ったのか……ジーノは知っていました。
 星は今日も光り、流れて……世界を照らしています。



 パチパチと薪が弾ける暖炉のそばで、ロゼッタはペンを走らせていました。その様子を見て、ベビィは彼女に話しかけました。
「ママ、新しいおはなしができたの?」
「あら、よくわかったわね」
「うん。ママがその印を書くときは、絵本が完成したときだからね」
「ええ、そうよ。じゃあ特別に、少しだけおはなししてあげる」
「やった!」
 本の表紙をめくり、ロゼッタは物語を読み始めました。
「では、はじめるわね――」



 ――めぐりはまた、訪れる。


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