第19章 -とつにゅう-


 武器たちから辛くも逃げ延びたチコたちは、とある惑星の月に到着していました。チコ達の長老バトラーは、ロゼッタたちの無事を星々に祈っていました。
「どうか、ロゼッタ様、ジーノ殿、そしてチコ様に……星くずの加護があらんことを」
 そこにチコがやってきました。
「長老、食事の準備ができました」
「すまないね。今行くよ」
「お祈りですね。ママたちは、無事でしょうか……」
 不安げな表情で空を眺めるチコを、バトラーは勇気づけました。
「ロゼッタ様は……ママは、強いヒトだ。それにチコ様はジーノ殿とともにおられる。きっとご無事だ」
 ふたりが戻ろうと帰路に着いたとき、星船の方向から大きな爆発音が聞こえました。武器たちです! 彼らはチコたちの後をずっとつけていたのです。
「星船が!」
 チコたちの星船は、粉々に吹き飛ばされてしまいました。
「長老! 奴らです。はやく別の場所に……」
 チコが言い終わる前に、物陰から突然、武器たちが飛び出してきました。
「!」
 チコは頭のとんがりをむんずと握られ、捕まってしまいました。
「に、逃げてください!」
「チコ!」
「まだ残りがいるぞ!捕まえろ!」
 バトラーは、必死に逃げました。しかしそこに、新しい武器が現れました。
「オマエたち! そこをどくニャ! オイラの腕を見せちゃるニャ!」
 武器は、自身のカラダに矢をつがえると、大きく背中を反らし、狙いを定めました。
「ハァッ、ハァッ……」
 遠く離れ、見るのが難しくなるほど小さくなったバトラーの姿。しかし武器の目には、バトラーの姿がはっきりと映っていました。
「……そこだニャ!」
 ヒョウッ!
 放たれた矢は吸い込まれるかのように、バトラーに向かっていきました。
「!?」
 ボカンッ!
 矢は命中し、バトラーは射落とされてしまいました。
「ロゼッタ様……ジーノど、の……」
「ニャハハハハ! 命中だニャ!」
 途絶え行く意識の中、バトラーは自身を射た武器の笑い声を聞きました。チコたちは、ひとり残らず捕えられてしまいました。
「はなせー!」「く、くそー!」「ここからだせー!」
 捕まったチコたちの前で、武器の隊長ジェノは、部下の報告を聞いていました。
「隊長殿。すべてのチコの捕獲が完了しました!」
「よくやった。兄さんのせいで船のエンジンの修理にずいぶん時間がかかってしまったけど、これでチェックメイトだ。ほうき星の魔女も、今は黒き魔女の手の内にある。もし生きていたとしても、何もできないだろう。フッフッフ……我らの勝利だ!」
「他の部隊からも、捕獲成功の連絡が入ってきております!」
「給料が増えますね!」「ボーナスもらえますね!」「昇進間違いなしですね!」
 武器たちは、任務成功を祝って歓声を上げました。
「サァ、我らが王のもとへ帰ろう……『カジオー』様のもとへ!」
 宇宙に潜む闇が今、動きはじめようとしていました。


 ジーノたちがロゼッタを助けに向かってから、しばしの時が流れました。
 道中、彼らは黒き魔女との戦いに備え、たくさんの物資を船に積み込みました。そして、わずかではありますが、彼女についての情報を他の星の民から聞きました。とても事実とは思えないような恐ろしい話を耳にし、星船の船員たちは恐怖を隠し切れません。船を降りようとする者が現れ、何人かは道中の星へ逃げるように降りていきました。しかし一方で、ジーノの助けになりたいと思う者も少なからずいました。曇りのない彼のまなざしが、みんなに勇気を与えていたのです。ジーノは星船の船員に助けられ、自分のカラダを修理しました。
 操舵するルーバの隣に、ジーノがやってきました。
「どうだい、カラダの具合は?」
「うん、大丈夫だ。パマタリアンさんにジャンク部品を分けてもらって、あかボムへいくんに修理と改造を手伝ってもらった。おかげで、ボクは新しい力を見つけることができたよ」
「そいつはよかった。さぁて、そろそろお目見えだ。あれが『暗闇のどうくつ』。この銀河でいちばん大きなブラックホールだよ」
 宇宙にぽっかり空いた、広大な穴……『暗闇のどうくつ』と呼ばれるそのブラックホールは、暗黒という言葉を体現しながら、ジーノたちの目の前に存在していました。
「あそこにロゼッタが……」
「ママ、待ってて! もう少しだよ」
 ふたりは、目の前の闇を見据えました。
 船が近づくと、重力に引き寄せられ、大きく揺れ出しました。
「わっ!」「うっ!」「あわわわ!」
「! 危ない!」
 宇宙に放り出されそうになった船員を、ジーノはかろうじてキャッチしました。
「あ、ありがとう……!」
「船の揺れにはご用心!」
 星船の揺れはますます激しくなり、立つことも難しくなりました。
 ギシ、ギシ……
 星船の悲鳴が聞こえてきます。
「親分! 船が!」
「バラバラになっちゃいますよ~!」
 ルーバは舵を力強く握りしめ、船の揺れを一生懸命に抑えました。
「これくらいでびびってちゃだめだよ! バリア展開! エネルギーの出力、最大!」
 星船のバリアは目に見えるほど分厚くなり、みんなを守りました。
「すごい力だ……!」
「ルーバさん! これ以上はアカン!アカンで!!」
 頭の歯車が飛びそうになるのをおさえながら、パマタリアンが叫びました。
「まだまだ! エンジン全開! 飛び込むよ!!」
「………………!!」
 星船は、ブラックホールの中に吸い込まれていきました。


 中に入ると、闇の奥に、光が見えました。それは、もうひとりのロゼッタが住まう、天文台の光でした。
 気が付くと、ロゼッタのイヤリングは光を失っていました。
「無事かい? なんとか、うまくいったみたいだ。船はちょっとばかし壊れてしまったけど……」
 ルーバは、とれた舵の取っ手をポイッと投げ捨てました。
「長居はできそうにないね。ねがいぼしくん、急ごう」
 近づくと、天文台のまわりがバリアに包まれていることに気づきました。ジーノたちのものより、ひとまわりもふたまわりも分厚いようです。
「あの星船のまわりには、強力な魔法のバリアがはられているようだ。この重力の中でもずっと居続けられるほどの強い力だ。船をぶつけて突破しようとしても、はじかれてしまうだろう。どうしたもんかねぇ……」
 悩むルーバに、ジーノは言いました。
「ボクに任せてくれたまえ!」
「ねがいぼしくん?」
 何か、考えがあるようです。
「新しい力を使うときがきた。あかボムへいくん、狙撃を頼むよ!」
「了解であります!」
「変形!」
 ジーノのカラダは、大きな大砲に変形しました!
「角度よし。照準よし。ファイア(発射)!」
「全てを照らし出せ! ジーノフラッシュ!!」
 ドカン!!
 撃ちだされた砲弾がバリアに触れた瞬間、激しい光が暗闇の世界を照らし、バリアにぽっかりと穴が空きました。
「こりゃ驚いた! よし、今だ! 全速前進!!」
 再び閉じられようとするバリアの穴を通り抜け、彼らは目の前の天文台を目指しました。



 ポタリ、ポタリ……
 天井から水が滴っています。ここは天文台のバスルーム。もうひとりのロゼッタは、身を清めていました。
 湯けむりが立ち込める中、黒いチコがやってきました。
「マスター、見張りから連絡が。彼らが来たようです」
「あら、思っていたより早かったわね。彼らを手助けした者がいるのかしら」
 ミルク色のお湯の中から、艶めかしい脚がスッ……とあらわになりました。
「星船のカタチから、むらさきぼしの一味と思われます」
「そう……フフ、あのやんちゃっ子が、ずいぶん丸くなったみたいね。じゃあ、歓迎してあげなくっちゃ。最高のおもてなしを用意してあげましょう」
「かしこまりました」
 黒いチコは外に出ていきました。
 チコに続くようにお湯から上がると、彼女はタオルを持ち、結んだ髪をほどきました。

 天文台に近づくと、中から無数の魔物があらわれ、彼らに襲い掛かりました。
「ねがいぼしくん! ここはアタシらに任せて、お前さんはあの御方を!」
 ルーバは、ジーノとベビィの前にスターリングを出現させました。
「これを!」
「すまない。また後で!」
 リングに乗り、ふたりは天文台へむかってジャンプしました。襲い掛かる魔物たちを蹴散らし、天文台の頂上を目指します。
 黒いチコが、ふたりの前に立ちはだかりました。
「ここから先はマスターのおられる場所。通すわけにはいかない」
「キミはロザリィといっしょにいた……なぜだ、なぜキミは彼女とともにいる?」
鋭い目つきで、黒いチコはジーノをにらみつけました。
「マスターは……マスターは、悲しいヒト。だから私は、マスターのために戦う」
「ボクも、戦う。ロゼッタを取り戻すために!」
 前に出ようとするジーノを、ベビィが止めました。
「ジーノ、ここはボクに任せて! ママを!」
「しかし!」
 黒いチコが猛烈な勢いで突進してきました。ふたりはかろうじて攻撃をかわします。
「ベビィ!」
「ボクは大丈夫。だからジーノ、ママを……ぼくたちのママを、助けて!」
 ベビィの強いまなざしに、ジーノは心を決めました。
「……やくそくだ!」
 ジーノは、武器をしまい、走りました。
「行かせないと言ったはずだ!」
 黒いチコが再び、ジーノに突進します。
「スピンアタック!」
「!」
 ジーノを叩き落そうとした黒いチコを、ベビィが止めに入りました。ふたりのチコは、互いに激しくぶつかり合い、生まれた火花は星くずとなって、天文台のあちこちに降り注ぎました。ジーノは一度も振り返らず、天文台の最上階にある部屋……ロフトの入り口に飛び込みました。


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