第18章 -こおり-


「…………ここは……」
「お目覚めね。ここは私の天文台。寝室よ」
 ロゼッタは、両手をベッドに縛られていました。
「ここまで運ぶのに苦労したわ。だってあなた、大きいんですもの。余り人の事は言えないけれど。フフフ」
「我が子を、どうしたのです」
「そんな顔をしないで。せっかくの美人が台無しよ。彼らが連れて行ったわ。『武器』たちが」
 彼女は、怪しげな笑みを浮かべています。
「一体何のために……」
「彼らは星の子から力を得ようとしているの。星の子には、力がある。成長した彼らはいずれ、惑星、太陽……そして、パワースターになる。そんな力を秘めた彼らを材料として使えば、きっと強い武器が作れるのでしょうね。私には興味のない話だけれど」
「そんな……そんなことはさせません。決して」
「なぜ? 彼らはいずれ、あなたの前からいなくなるのよ。遅かれ早かれね。武器の材料にされるのも、星に生まれ変わるのも、同じことではなくて?」
「違います……たとえいつか別れることになっても、私はあの子たちに……笑顔でいてほしい。いつか星に生まれ変わるその日が訪れるまで。誰も悲しませたくないのです。だから私は……」
「若いわね。私もあなたのように考えて、生きたことがあったわ。私のママは、小さいころにいなくなった……たくさん泣いて、たくさん悲しんだわ。そしたらある日、チコに出会った。その子にも、ママがいなくてね。いっしょにママを探してあげるうちに、ある決心を抱いたの。ママがいないのなら、私が『ママ』になればいい……と。はじめは楽しかったわ。一緒に暮らす家を建てたり、絵本を読んであげたり……たくさんのチコの名前を考えてあげたりして、ね」
 ロゼッタは驚いていました。彼女の話は、自分の描いた絵本の少女にそっくりだったからです。
「でも、やっぱり私は私。ママがいないかなしみはいつまで経っても消えなかった。ふと気になって、ぼうえんきょうで故郷の星を見たわ。そしたら、懐かしい景色が映ったの。大きな木が立っているなだらかな丘。夜になると星がとてもキレイに見えたわ。眺めているうちに、故郷での思い出がよみがえってね。ママとのことも思い出して、とても、とても悲しくなって…………」
 彼女はベッドに腰かけ、ロゼッタの頬に手を当てました。
「それで、私は思ったの。悲しみが消せないのなら、すべて、壊れてしまえばいい……って」
 深い悲しみが映った彼女の瞳に見つめられ、ロゼッタはたじろぎました。
「あなたは私。私はあなた。だからあなたもきっと、私と同じような経験をしたのでしょうね。たとえ忘れてしまっても、星くずの記憶はいつまでもこのカラダに残っている」
 そういうと、今度はロゼッタの頬をそっと撫でました。そして、身を寄せて、ささやくように言いました。
「私が、あなたを温めてあげるわ。凍てついた心の氷を溶かしてあげる。そして思い出すのよ。自分が誰だったのかを」
「何を……」



 一瞬、彼女の目に火が灯ったかと思うと、ロゼッタは唇を奪われていました。
「……!」
「私が夢を見させてあげる。極上の夢を………」
 何度も、何度も唇が重なります。彼女の舌が、いやらしい音を立てて、口の中に滑り込んできます。
「や、やめて……」
「ステキね……あなたのカラダ、とてもキレイよ。壊すのがもったいないくらいにね」
 カラダをよじりますが、動くことができません。
「ヒトの温もりを怖がっているのね。昔、その温もりに恋焦がれていたはずなのに……」
「わ、私は…………」
「あなたは自分自身に魔法をかけた。記憶と感情を凍てつかせる魔法を。時間をかけてゆっくりと。そうでなければ、あなたはあなたでいられなくなってしまうから」
「……ん……」
「さぁ、恐れないで。ゆだねなさい……心も、カラダも」
 絡みつく舌の感触に、ロゼッタは震えていました。しかし一方で、そのやわらかさ、温かさに安心している自分がいることにも気づきました。
「(カラダが、あつい…………)」
 ふたりの体温が上がっていきます。まるでバラが咲いたように、ロゼッタの頬はすっかり赤くなりました。そして、甘い香りが部屋に広がりました。
「いい匂い……アプリコットの香りがするわ。私の大好きな……やっぱりダメね。自分を抑えられないわ。できればやさしくしてあげたかったのだけれど。でも、あなたがいけないのよ……?」
 彼女の愛撫は激しさを増し、ロゼッタは頭が真っ白になりました。今まで感じたことのない、たとえようのない快感がカラダを支配していきます。
「んん……ハァ…………ァ……」
 荒くなったロゼッタの吐息が、彼女の耳にかかります。必死に耐えるその声を、彼女は恍惚として聴き入っていました。
「いいわ……あなたのその歌声を、もっと私に聞かせて」
 彼女は上下するロゼッタの胸を触りました。
「……あ……う………」
「あなたの思い出は、ここにある」
「……っ!」
 彼女の舌が、ロゼッタの胸をたどります。ピクッ、と驚くカラダの動きを感じた彼女は、うっとりとしたまなざしで、ロゼッタの乱れた顔を見ました。
「さぁ、思い出して。あのときのかなしみを。そして自分のおかしたあやまちを」
 熱くなった心とカラダが、トクン……トクン……と脈打ち、ロゼッタを過去へといざないはじめました。
「……マ、マ……」
「まだよ……まだまだこれからなんだから……もっと私を楽しませてちょうだい……もうすぐあなたは、私になる……」
 不敵に笑う彼女の声が、部屋中を覆いました。


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