第7章 -たびだち-

 みんなの願いが一つ、また一つと流れ星となって降っていくなか、少女の願いはいつまでも輝き続けていました。
 いつしか、少女の願いは、みんなの願いにまぎれて見えなくなりました。そして、どれほどの時が過ぎたのか、『彼』には……いえ、もう、誰にもわかりませんでした。

いくつもの、いくつもの星たち。消えては生まれ、生まれては消えてゆく。巡り巡る星の世界で、『彼』だけは変わることなく少女を待ち続けていました。
 一筋のほうき星が、こちらに流れてきました。……それは、星船でした。
「……あれは……」
 白く、長い尾を引いて、星船がスターロードに近づいてきます。船の中心がきらりと輝くと、そこから出てきた光がこちらに向かってきました。その光は、温かく、周囲を優しく照らしていました。
 スターロードにたどり着くと、光の中から1人の女性が現れました。


「キミは……?」
「私はロゼッタ……星を観る者。不思議な力を感じ、まいりました」
 金色に輝く髪。碧いドレスに、銀色の王冠とイヤリングを身に着けています。瞳は深い青色で、まるでひとつの宇宙がその瞳の中にあるようでした。
「私と星の民は、新しく生まれ変わる場所を探すために、旅をしています。しかし、百年に一度……今日この日だけはこの星に立ち寄ることにしているのです」
「旅を? じゃあ、キミは旅の途中で女の子と小さな星の子に会わなかったかい? ふたりはママを探しに、この星から旅立ったんだ」
 彼女は目を閉じ、首を小さく横に振りました。
「そうか……もう、ずいぶん昔の話なんだ。いつのことだったかわからないくらいに、ね。ふたりはママを探しに行った。けれど本当は、いなかったんだ。そのことを伝えることができなかった。そしてふたりは、行ってしまった。この果てしなく続く星の海へ……」
 『彼』は少しためらったあと、続きを話しました。
「……ボクが、行かせてしまった。ボクのせいなんだ……あの純粋な瞳を、真実で濁らせたくなかったばかりに。だから、ここで待ってる。ふたりの帰りを、ずっと、ずっと。ふたりは今でも、ママを探しているのかな? それとも……」
 言葉にしたくない。本当にそうなってしまったかもしれないから……『彼』が口ごもると、ロゼッタは言いました。
「私は、信じます。その子はきっと、母に会えたのだと。なぜなら……『大切なヒト』に会いたいと願う気持ちは、時空を超え、私たちを結びつける引力を持っているからです」
 静かで、しかし力強さを感じる言葉に、『彼』の心を覆う不安はほんの少しですが、取り除かれました。
「…………ありがとう。ロゼッタ」
「では、また会いましょう。あなたによき星屑が降りますように。さようなら……」
 コツ……コツ……と足音が遠のいていきます。それは、前にも聞いたことのある音でした。
 ――またね。
 記憶のカタスミに残る少女の言葉が、『彼』の中でよみがえります。『彼』は、自分の心の声を聞きました。
 ――キミはボクに会いに来てくれた。そしてまた会おう、と約束したんだ。今度は、ボクがキミに会いに行くんだ。
 心が命じるままに、『彼』は彼女に言いました。
「待ってくれ、ロゼッタ。ボクも、キミの星船に乗せてくれないか。あの子とボクとを結びつける引力。それを、信じたいんだ」
 『彼』を少し見つめた後、ロゼッタは小さくうなずきました。
「……分かりました。ともに行きましょう。こちらへ」
 彼女のそばによると、『彼』もまた光に包まれ、星船に向かいました。
「(この旅は、とても長くなりそうだ。でも、必ずキミたちを見つけてみせる。待っていてくれ)」
 故郷の星を見ながら、彼はひとり決心するのでした。


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