第8章 -てんもんだい-


「ようこそ、ほうき星の天文台へ。ここが私たちの家です」
 天文台に着くと、たくさんのチコが出迎えてくれました。
「おかえりママ!」「おかえりなさい、ママ」
「ただいま。今日は新しい仲間との出会いを祝って、歓迎会を開きましょう」
 チコたちは、『彼』の周りに集まってきました。
「よろしく!」「はじめまして!」「なんていう名前なの?」
「ボクの名前は♡♪!?っていうんだ。よろしくね」
「?」
「♡♪……? うーん、難しくてよくわかんないや」
 みんな、うまく発音できないようです。
「♡♪!?……スター語ですね。久しく聞きませんでした」
 ロゼッタだけは、『彼』の名前を上手に発音しました。
「さぁ、みんな。準備をしましょう。バトラー、いますか」
「はい、こちらに」
 チコの中から、黒いチコが前に出ました。
「私はキッチンに行きます。彼を頼みます」
「お任せください」
「では♡♪!?さん、また後で……」
 彼女はたくさんのチコを連れて、キッチンルームへ向かいました。
「歓迎会だ!」「新しい仲間の歓迎会だ!」「みんなでおいしい料理を作ろう!」
 玄関には『彼』と、バトラーと呼ばれたチコだけが残りました。
「はじめまして、♡♪!?どの。私はバトラー。チコたちの長老です。ロゼッタ様に代わり、この天文台を案内させていただきます」
 その深みのある声と丁寧な言葉遣いから、バトラーが長い歳月を生きてきたチコであることを、『彼』は感じました。
「よろしく、バトラーさん」
「ではまずこちらへ。星見のテラスと呼んでいる場所です」
バトラーは『彼』を連れ、天文台を案内しました。
 キッチン、書斎、バスルーム…天文台にはたくさんの部屋がありました。
「……ここはマシンルーム。この天文台の設備や航行機能などを制御・管理する部屋です。最後に、子供部屋に行きましょう」
 次の部屋に向かう途中、『彼』は尋ねました。
「バトラーさん、あなたに彼女の……ロゼッタの事を聞いてもいいかな」
 背を向けたまま、バトラーは言いました。
「……ロゼッタ様は、我々チコの母となっていただいているお方です。私はここよりずっと遠くの、小さな、小さな星でひとり生まれました。生まれたばかりの私にとって、この宇宙はとても冷たくて、寂しいものでした。まわりには誰もおらず、時折光る流れ星だけが、私に孤独を忘れさせてくれました」
 話を聞いていると、『彼』の胸にふと、少女と一緒にいたチコのことが浮かびました。
「(あのチコもきっと同じ思いを……)」
「そして、百個目の流れ星が流れたとき、私はあのお方と出会ったのです。震えていた私を、ロゼッタ様はやさしく抱いてくれました。それからずっと、私はあの御方とともに旅をしています。ロゼッタ様は、我々チコを探し、そして星となれる場所を探してくださっているのです」
「それは、なぜ?」
「私も昔、尋ねたことがあります。ロゼッタ様は、『私は、あなたたちのママ。だから、あなたたちの幸せが、私(ママ)の幸せ』であるとおっしゃい、微笑んでいました」
「でも彼女は、君たちの本当のママじゃない……ボクたち星の民に親は、いないのだから」
 『彼』は意を決して、バトラーに言いました。あなたはそのことを知っている……そう思ったから。
 バトラーは、少し進んだ先で『彼』のほうを振り向き、答えました。
「……はい。ロゼッタ様は、我々の、本当の母ではありません。なぜ我らを『我が子』と呼んでくださるのか……それはわかりません。けれど、あの御方の愛にウソいつわりはない。ずっとそばにいる私にはわかります。我々には、ロゼッタ様が必要なのです」
 言葉に秘められた彼女への思いを、『彼』は感じました。
「さて、着きました。ここは子供部屋。皆の遊び場です」
 天文台から少し離れた場所にある部屋。周囲を見渡すと、チコたちが思い思いの遊びに夢中になっているのが見えました。
 さんにんのチコが、ふたりに近づいてきました。
「あ、長老!」
「新入りが来たんだって?」
「そこにいるヒトはだあれ?」
「みんな。この方が新しい仲間の♡♪!?どのだ」
「よろしくね」
「? ボクたちとなにか違う……」
「あなたはチコなの?」
「うーん、なんて言えばいいのかな……」
「(ボクは、何だろう?)」
 『彼』が答えあぐねていると、チコたちは言いました。
「ねぇねぇ、遊ぼうよ!」
「何がいいかな!」
「鬼ごっこがいいな!」
「あなたが鬼ね。ボクたちを捕まえて!」
「でも、あなたのカラダじゃ、鬼ごっこできないね」
「うーん……」
 話がとんとん拍子に進んでいきます。
「そうだ! ねぇ、ちょっと待ってて!」
 すると、さんにんは飛んで、何かを探しに行きました。
「コラコラお前たち…すみません」
「いや、いいんだ。久しぶりだな、このにぎやかな感じ」
「(『久しぶり』? 前にもこんなことが……?)」
 自分の中に生まれた感情に困惑していると、大きな箱を持ってチコたちが戻ってきました。
「人形を持ってきたよ! 鬼ごっこじゃなくて、にんぎょう遊びをしようよ!」
 箱の中にはいろんな人形が入っていました。赤いチコが、一体の人形を取り出しました。
「ボクが『ジーノ』をやるから!」
「あ、ずるい! 今日はボクが『ジーノ』だぞ!!」
 青いチコがその人形に手を伸ばします。
「キミは一昨日やったばかりじゃないか! 今日はボクの番だ!!」
「ボクの番だ!」「ボクの番だ!」
 どちらもゆずりません。その様子を、黄色いチコとバトラーがやれやれといった表情で見ています。
 ……しかし『彼』は、そうではありませんでした。
「この人形は……!?」
 青い帽子に、青いマント。遠い昔。確かに、この姿で。
 ――この人形にしよう。この人形(カラダ)が、きっと一番強くなれる。きっと、みんなの願いを叶えられる。
 彼は、無意識のうちに人形に触れていました。
 ! まぶしい光が人形を包み込みました。
「アッ!」
 気が付くと、『彼』は人形にその身を宿していました。
「これは、一体……」
「♡♪!?どのが、人形に宿った??」
「すごい! 『ジーノ』だ! 本物の『ジーノ』だ!!」
「おっきいな~かっこいいな~!」
「ロケットパンチにビーム! 見せて見せて!」
「やった! これなら鬼ごっこできるね!」
「ボクたちはウサギに変身するから、捕まえてね!」
「全員捕まえたら『ジーノ』の勝ち! ママに呼ばれるまで逃げ切れたら、ボクたちの勝ちだよ!」
 自分のカラダをしばらく眺めた後、拳をぐっと握り、『彼』はうなずきました。
「うん。いつでもいいよ」
「そうこなくっちゃ」
「いくよ! スタート!」
 ボンッ! と、うさぎに変身すると、さんにんのチコはバラバラに逃げました。
「子供たちの相手をしてくださって、ありがとうございます」
「気にしないで、バトラーさん。ボクもこのカラダを試してみたいんだ」
 なつかしい感覚……のびをした後、『彼』は走りました。しかし、その直後。
「なっ!?」
 すってんころり。『彼』は転んで頭をぶつけてしまいました。
「アハハ! こっちだよー!」
「う……ん……」
 チコの笑い声が聞こえます。ヨロヨロと、おぼつかない足取りで、『彼』はさんにんを追いかけます。まっすぐ進むのも一苦労。さんにんのチコは、はるか遠くへと逃げていきました。カラダのあちこちをぶつけるばかりで、時間がいたずらに過ぎていきます。
 でもちょっとずつ、ちょっとずつ。ジーノは人形のカラダを慣らしていきます。立って、歩いて、前を向いて…………人形のカラダがしだいになじんできました。
「……いける!」
 大きくジャンプすると、『彼』は岩の影に隠れていたチコの前に着地し、捕まえました。
「まずひとり!」
「しまった!」
 次はどこに? あたりを見回すと、いかにも怪しい、土管がありました。
「ここだ!」
「見つからないと思ったのに!」
 ふたりめ! 残すところはあとひとりです。しかし、最後のひとりは簡単にはいかないのがお約束というもの。例にもれず、最後に残った赤いチコは捕まえたふたり以上にすばしっこかったのです。
「ボクは簡単には捕まらないよ! ソレッ」
 『彼』は全速力で追いかけます。けれどあっという間に、引き離されてしまいました。
「無理無理! ボクたちの勝ちだ!」
「それなら……! 届け!!」
 『彼』は腕を構え、チコに向けます。そして……ロケットパンチ!!腕は勢いよく飛び、あっという間にチコに追いつきました。
「えっ!?」
 見事命中! 飛ばした右手は、チコの耳をムギュッとつかみました。
「捕まえた!」
「そんな~~~~~!!」
「あらら……最初はラクチンだったのに。さすが『ジーノ』だね。ボクたちの負けだ」
「また遊ぼうね」
 またまたボンッ、と音が鳴ると、さんにんは元の星の子の姿になりました。
「ああ、やくそくだ」
 遠くから声が聞こえました。ロゼッタの声です。
「みんな。ごはんができたわよ。いらっしゃい」
「ワーイ!」
「おなかすいた!」
「今日はなんだろう!」
 さんにんのチコは一目散に彼女のもとに飛んでいきました。
『彼』とバトラーもついていくと、彼女は『彼』の姿に、目を見開きました。
「あなたは、♡♪!?さん……? その姿は……」
 マントをなびかせて、『彼』は言いました。
「ロゼッタ。しばらくこの人形のカラダを借りることにするよ。『ジーノ』と、呼んでくれたまえ。この人形の名前をとってね」
「『ジーノ』……」
 つぶやいた彼女の声は小さく、誰にも聞こえませんでした。
「……わかりました。では改めて。よろしくお願いします、ジーノ」
「さ、こちらへ。食事の用意ができました。今日はいつもより多くの星くずを使った自信作です。ぜひ召し上がってください」
「それは楽しみだ。ありがとう」
 その夜の食事には、たくさんの星くずが降り注がれ、格別の味わいだったそうです。


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