第22章 -さいかい-


 そのとき、ジーノのカラダが『光』に包まれました。周囲を覆っていた闇は取り除かれ、部屋は再び、草木の生える丘の景色に戻りました。
 もうひとりのロゼッタは、今起こった現象に目を見張りました。
「この光は……王子様の力? いえ、ちがう……これは彼の記憶にはなかったはず。いったい……」
 カラダの傷が、癒えていきます。失った左足も、元通りになりました。
 ジーノのカラダが『光』を帯びて、ロゼッタのそばに向かいます。そして、彼女に語りかけました。しかしその声は、ジーノのものではありません。
 声は、女性の声でした。ロゼッタは、その声に聞き覚えがありました。
 ――ロゼッタ、泣かないで。あなたは、生きているわ。
「ママ……ママなの?」
 遠い、遠い昔。いつも聞いていた、大好きな声。涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げ、『光』の声に耳を傾けました。
 ――きっと、彼に託した私の願いが声となって、あなたに語りかけているんだわ。
 ロゼッタは涙を流しながら、『光』に謝りました。
「ごめんなさい……ママ。私は、ママに会いたくて、故郷を離れて、パパたちを置いて行ってしまった……」
 涙がつたわる彼女の頬を、『光』がそっと触れました。ロゼッタは、その温もりに安堵しました。
 ――いいのよ。パパも、きっとわかっていたんだわ。あなたは、わたしたちの娘なんですから。『大切なヒト』に会いたいと願う心は、みんなの中に生まれる純粋な心。それを止めることは、誰にもできないわ。あのヒトも、その心を胸に抱いて、何度も何度も冒険の旅に出た。そして、いつもママを助けてくれたわ。ママは、そんなパパが大好きだった。あなたはその心を受け継いだの。だから、自分を責めないで。ロゼッタ。あなたはひとりじゃないわ。いつも見ているわ。いつまでも、いつまでも。星となって、あなたを見守り、あなたの行く道を照らしているわ――
「ママ!」
 辺りが強烈な光に包まれました。
 クリスタラーの幻影は、光の中に消えていきました。
 両手を縛っていた鎖が崩れ、ロゼッタはジーノの胸に飛び込みました。
「ロゼッタ!」「ジーノ!」
 ふたりは、抱き合いました。強く、強く抱きしめ合いました。もう、離れたくない。あなたと。キミと。
「おかえりロゼッタ。また、会えたね」
「ただいまジーノ……あぁ、ジーノ………」
「遅くなって、ごめんよ」
「いえ、私がいけなかったのです。ごめんなさい、ジーノ」
 もうひとりのロゼッタは、抱き合うふたりを見つめています。
「そう、これが…………」
 ふたりは立ち上がり、彼女を見ました。しかし彼女はもう、戦う意思を見せませんでした。杖をしまうと、ふたりに言いました。
「気が変わったわ。あなたたちがどこまで運命にあらがえるのか……試してみるといいわ」
 思いもよらない言葉に、ふたりは驚きました。
「武器はあなたたちの故郷へ向かった。なぜかはわかるわよね?」
「『巡り』……世界がまた巡ろうとしているのか」
 ジーノの答えに、彼女はうなずきました。
「今なら、まだ間に合う。急ぎなさい」
 彼女は手をかざし、部屋の出口を呼び出しました。
「けれど忘れないで。あなたはその子のママの願いによって生まれた星の化身。いつの日か、託された願いがかなったとき……あなたの魂は星に還らなくてはならない。私は遠い遠い宇宙から、あなたたちの行く末を見届けてあげましょう。『星を観る者』として……」
 言い終わると、もうひとつの出口を作り出し、部屋を去っていきます。
「ロザリィ……」
 彼女は顔をこちらに向け、言いました。
「……エステラ。私の本当の名前は、エステラよ。さようなら。小さな星の王子様」
 もうひとりのロゼッタは、幻のように消えていきました。彼女が消えた瞬間、ロゼッタはその場に倒れました。
「ロゼッタ!」
「すみません、カラダがまだ……」
「大丈夫だ。ボクにしっかり捕まってくれたまえ」
 ジーノはロゼッタを抱えると、出口に向かいました。
「サァ! 行こう!」
「ええ!」
 外ではルーバとベビィ、それに星船の船員たちが、ふたりを待っていました。
「ねがいぼしくん!」「ママ!」
 魔物と黒いチコの姿は、天文台から消え去っていました。
「みなさん、本当に……ありがとう………」
 ロゼッタはみんなに深く、深く感謝しました。そして星船は、天文台を後にしました。



「マスター、本当にこれでよろしかったのですか? あなたは彼女を……」
「ふたりの強い想い。このカラダで見たからこそよくわかる。運命は訪れるわ。必ず。そのとき、あの子は再び深い悲しみに包まれるでしょう。でも、もしかしたらあの子は、その悲しみを乗り越えることができるかもしれない。巡りの内にいる者と巡りの外にいる者……両者を紡ぐ存在、それが『ねがいぼしのせいれい』……あの王子様の輝きに、気がふれてしまったのかもしれない。我ながら、らしくないわね」
 彼女が杖を掲げると、天文台は光に包まれ、白い尾を引いて、宇宙の彼方へと飛び去りました。
「次にあの子に会うのが楽しみだわ」



 その夜、ふたりは流れる星々を見ながら、話をしていました。
 色鮮やかな星雲と流れ星が、まるで空にひとつの絵を描いているようです。
 ロゼッタは、もうひとりの彼女の魔法によって思い出したことを、ジーノに話していました。
 そこに、ベビィがやってきました。
「ママ!」
「チコ様、しばらくふたりだけにしてあげてくださいな」
 物陰にこっそり隠れていたルーバが、ベビィを抑えます。
「えっなんで?」
「大きくなったら、わかるようになります。さ、こっちです」
「そんなー!」
 ルーバはベビィを連れて、その場を離れました。

「……もうひとりの私によって、私の記憶と感情は再び目覚めました。長い、長い時間のなかで、すっかり忘れていました。私が自分の心を守るために、魔法をかけていたことを。そして、あなたのことも………」
「大丈夫かい? 苦しくはない?」
 ロゼッタは胸に手を当てました。
「まだ少し、痛みます。溶けた氷の水で、私の心は濡れています。でもそれも、いずれは滴り落ちてなくなることでしょう。きっと、大丈夫です」
「ロゼッタ……キミが、あのとき旅立って行った少女だったなんてね。もっと早く気付くことができれば、よかったのだけれど。まさかキミが、こんなに大きくなって……その……キレイになっていたなんてね」
 ジーノは頬をポリポリ掻いて、照れくさそうに言いました。
「あなたは、幾度も私を助けてくださいましたね。子供のころ、お城で魔物に襲われた時も。チコたちを助けに行くときも。そして、今回も……今、わかったことがあります。あのとき、スターロードを見つけることができたのはきっと、あなたの中にいるママを感じたから。はじめて会ったとき、あなたはあなたのことを……『ジーノ』のことを、覚えていませんでしたね」
 スターロードではじめて会った日。その日はいつの間にか、ふたりにとってはるか遠い思い出となっていました。
「そうだったね。あのときのボクは、なぜ自分がここにいるのか、自分が誰なのか、わからなかった。ただぼんやりと、キミのママの思いを通して世界を見ていた。でも君と再び会って旅をしているうちに、次第に思い出したんだ。自分がなんと呼ばれていたのか。ボクは何をしていたのかを、ね。それはたぶん、キミの中に流れる星くずの記憶……ママと、パパの記憶を、いっしょにいるうちに感じていたからなのかもしれない。キミのおかげでボクは、『ジーノ』として生まれたときの大切な思い出を……大切な仲間たちのことを思い出すことができたんだ」
 ロゼッタは、ジーノの手を握りました。
「あなたは、ママの願いによって、再びこの世界に生まれた存在。だからあなたは、ママが話していた『ジーノ』とは違う存在なのかもしれません。でも、私にとってのヒーローは……『ジーノ』は、あなたなのです。ありがとう、ジーノ……あなたに、感謝を」
 ジーノは、彼女の手をそっと握り返しました。
「ありがとう、ロゼッタ。キミがいてくれたから、ボクはここにいる」
 少しの沈黙のあと、ロゼッタが言いました。
「ジーノ、お願いがあります」
「ん? なんだい?」
「私に……キスをしてくれませんか」
「えっ!?」
 突然の一言に、ジーノはドッキリしました。
「ロ、ロゼッタ……どうして?」
 尋ねると、ロゼッタは前を向いて話しました。
「魔法を解かれるとき、私は彼女に口づけされました。何度も、何度も……そのとき、私の心が騒いで、とても熱くなりました。はじめは怖くて、たまらなかった。私の中で何かが変わっていくような……言いようのない不安に襲われ、おびえるしかなかった。でも、しだいに私はその温もりに、満たされていった。そしてわかったのです。これが、『愛』だと……」
 ジーノは、彼女……エステラが直してくれた右腕に目をやりました。
「彼女は、何を考えていたのだろう……」
 あの瞳の奥底に秘められた本当の想い。ジーノも、ロゼッタも、それを知ることはできませんでした。
「わかりません。彼女は私を壊すと言っていました。事実、私はよみがえった記憶と感情を受け入れきれず、自分を見失うところでした。でもあなたと、あなたの中のママがいてくれたから、私は、私でいることができた。そのおかげで今私は、我が子を……チコたちを、心から愛することができる。そして、あなたのことも」
 ジーノのほうを向いて、彼女は笑顔を見せました。その顔は、今までに見たことのないほどキレイで……ジーノは、あせりました。
「ロゼッタ……」
「あなたに、知ってほしい。私の気持ちを」
 ふたりの距離が、少しずつ縮まっていきます。ロゼッタは目をつむりました。
「……」
 ジーノは、彼女の頬にそっ……と、口をつけました。
 彼女は目を開け、その瑞々しい唇に指を当てて言いました。
「ジーノ、ちがいます。ココ、ですよ」
 真っ赤になった顔を少しでも隠そうと、ジーノは顔をそむけて言いました。
「すまない、ロゼッタ。今はこれが精いっぱいだ……」
 ジーノの視界の外で、彼女が静かに、言いました。
「……では今度は、私の精いっぱいを、受け取ってください……」
「ロゼッ……」
 言葉を理解する間もなく、ジーノはロゼッタに抱き寄せられていました。そして……




 ――やさしくて。あたたかい。そして、伝わりあう気持ち。



「……おやすみなさい、ジーノ」
 ロゼッタはそっと立ち上がり、寝室へと向かいました。
 ジーノは帽子の中からロゼッタのイヤリングを取り出すと、握りしめて、空の星々に向かって言いました。
「……ボクが、守る。キミを、キミの大切な子供たちを。この心に誓って、必ず」
 故郷へとむかうふたり。武器たちと対決するときが、いよいよ目の前に迫っていました。


[次へ]
[前へ]
[目次へ]