「さぁ、行きなさい。クリスタルの魔王よ」
「ォオオオオォ…………」
四つのクリスタルが、輝きを増し、魔法を放ちました。
「コロナ!」「アイスロック!」「すなあらし!」「ほうでんげんしょう!」
火、氷、大地、風……あらゆる自然の力が、ジーノに牙を向きました。
「このままでは……」
かわしきれない……悟ったジーノは、両手を天に向かって思い切り掲げました。そして、力を溜めはじめました。
「あまねく星々よ……ボクに力を貸してくれ!」
彼が祈った直後、上空へ一筋の光が伸び、強烈な光の光線が降り注ぎました。
「ジーノブラスト!」
光線と魔法がぶつかりあい、激しい衝撃が起こります。ジーノはクリスタルの魔法を掻き消しました。しかし、すべてを防ぐことはできず、彼の腹部と首に電撃が走りました。
「……っ!」
「まだまだこれからよ」
クリスタルたちの魔法が絶え間なく放たれます。多勢に無勢、防戦一方です。
「くっ……!!」
ジーノは、その場を離れました。クリスタルが追いかけてきます。そして、クリスタルが一か所に固まる瞬間に狙いを定めました。
「……いまだ! ジーノカッター!!」
渾身の力で投げつけたカッターが、クリスタルを次々と切り裂きました。しかし、クリスタルはまだひとつ残っています。
クリスタルは魔法を繰り出しました。
「ライトサーベル!」「ジーノビーム!」
灼熱の光剣が、ジーノの左足を切断しました。
「ぐあっ……!」
発射したビームは、クリスタルを粉々に吹き飛ばしました。相打ちです。
「さすがね。でも、これで終わりよ」
クリスタラーの幻影が力をため、唱えました。
「ダークスター!」
すると空から、巨大な黒い星が落ちてきました。
「なにっ……!? っ!!」
その場を離れようとしますが、片足ではうまく逃げることができません。
「うわあああぁっ……!!」
ジーノは、星に押しつぶされてしまいました。手が、足が、ピクリとも動きません。カラダの感覚が遠のいていきます。
「……ぅ………」
もはや彼は、意識を保つだけで精一杯でした。
「私の勝ちね」
クリスタラーの幻影が、ジーノのカラダを握りしめ、拘束します。
「あ……ぐ…………」
彼女はジーノの顎を持って、彼に軽くキスをしました。
「……!」
「すごいわ。ここまでがんばったごほうびよ。それともうひとつ。私たちのことを教えてあげる。次の巡りのお土産にね」
「め、ぐり……?」
「ええ。この世界は、巡っている。岩も、大地も、草木も、星も、命も、時空さえも。それがこの世界の理。真理なの。でも私とあの子は、その世界の理から外れた存在」
「どう、いう…ことなんだ……?」
「この世界の命はみな、星によって生まれ、生き、散っていく。そして記憶を……『星くずの記憶』を次の命に受け継いでいくの。そうすることで、世界は繰り返される。でも私たちは、星とともに生きる定めでありながら、星を離れ、この星の海を旅し、そして星の民とともに生きることで、巡りが訪れなくなってしまった。私たちは、世界の理から『外れて』しまったのよ。だから、普通では考えられないほどの永い時を生きてきた」
ジーノは、ロゼッタの正体にようやく気が付きました。あんなにずっと、一緒だったのに。気づけなかった自分をいくら責めても、時間が戻ることはありません。彼女の話は続きます。
「億千もの星が誕生し、散っていくほどの永い時……その中で、たくさんの命と出会って、たくさんの喜びと、幸せと……悲しみを見てきた。私たちは本来、理の中で限りある時を生きる存在だったのに、抱えきれないほどの感情を経験してしまった。ヒトが受け止め、乗り越えていける悲しみには限りがあるの。その限りは、すぐに訪れたわ。大切なヒトとの別れ……何人も、何人も…みんな、いなくなってしまった。私は泣いたわ。そしていつしか、涙は枯れてしまった……でも、心は泣き続けた。私は、世界に絶望したのよ。この瞳が、その証」
底知れない闇をおびた彼女の紫色の瞳が、ジーノを見つめました。
「悲しみもまた、繰り返される巡りのひとつ。避けられない運命というのなら、私は全ての悲しみを押し流して、世界をあるべき姿に戻そうと決めたの。あの子は巡りゆく者たちとの多くの悲しみを内に秘めている。あの子の星くずの記憶が巡れば、世界はあるべき姿へと近づいていくわ。だから私は、あの子をめちゃくちゃに壊してあげようと思ったのよ」
ジーノは、彼女をにらみつけました。
「キミは、ロゼッタの……命を……」
「あら、怖い顔。安心しなさい。私は星くずの記憶に用があるの。記憶を取り出し、星くずにして宇宙に降り注げば、いずれ星くずは新しい命となって、巡っていく。悲しみの記憶は、受け継がれていくわ。でもそのときあの子は、すべてを忘れるでしょう。ママも、チコたちとの思い出も……そしてあなたのことも」
「そんな……」
「あぁ、なんてかわいそうなロゼッタ! すべてを忘れてしまうなんて。でも悲しまないで。私がそばにいてあげる。ずっと、ずっとね。ウフフ」
「……そんなことは……させない…絶対に………」
「あ……ぁ……」
ジーノが声を絞り出したそのとき、ロゼッタの声がかすかに聞こえました。彼女の口元がゆっくりと緩むのを見て、ジーノはロゼッタの声に気づきました。
「聞こえた? あの子の声が。もうすぐ目覚めようとしている。忌まわしい記憶とともに」
彼女は、ジーノの頬を触りました。
「その前に、あなたの心を見せてもらうわ」
彼女が手を上げると、クリスタラーの幻影はジーノを離しました。
そして、彼女はジーノを抱きしめました。
「何を……する……」
「こうして触れ合うことで、私は触れたものの記憶や思いを知ることができるの。強く、長く触れるほど相手を知ることができる。感情を高ぶらせることで、眠っている記憶を呼び覚ますこともできるわ」
彼女の妖艶なカラダが、ジーノを包みました。けれど、彼の心は少しもなびきません。がっかり……と、彼女は眉をひそめました。
「私じゃ、満足できない? 妬けちゃうわ。あの子のほうがやわらかくて、ハリがあるものね。でも、ボリュームには自信があるのよ?」
彼女はより強く、彼を抱きしめます。カラダのきしむ音が聞こえてきました。
「う……」
「痛い? 痛いわよね。こんなに傷だらけなんですもの。もっと強く感じさせてあげるわ。そして見せて。あなたの中に眠る記憶を……」
彼女は、ジーノの首の傷口を噛みました。
「う、うあぁ……!」
「おいしい。ちょっと渋いけど、クセになりそう」
カラダを味わいながら、彼女はジーノの心を探っていきました。冒険のこと、少女のこと、そして、ロゼッタのことを。
「……そう、あなた……そうだったのね。フフフ、なるほどね。あの子のことをそんなに……ねぇ教えて。もっとあなたのことを」
彼女は、切断されたジーノの左足の断面を、魔法でさらに傷つけました。バチバチと電撃が走ります。
「ぐ、あぁ…………!」
しばらくして、彼女は満足した表情でジーノを離しました。
ジーノは力なく、その場に倒れこみました。
「最後に、この子の苦しむ姿を見せてあげるわ。しっかりと目に焼き付けなさい。あなたの『大切なヒト』が悶え、苦しむ姿を。星くずの記憶として残るようにね」
彼女は、ロゼッタのそばに歩み寄ります。
「やめ、ろ…………やめるん……だ……」
ジーノは、残されたわずかな力を使い、手を必死に伸ばしました。しかし、その手が届くことはありません。
「さぁ、起きなさいロゼッタ。私の愛しい子よ」
彼女の目から怪しい光が発せられました。ロゼッタはついに、目を覚ましました。
「あ……ああ……うう……あぁっ!」
押し込めていた記憶と感情が、ロゼッタの心を激しく揺り動かしました。
「ママ……ママ…………あぁ、やさしかったママ……大好きだったママ……ただ、会いたかったの……もう一度会いたかった……もう一度あの笑顔が見たかった……あなたの笑顔を……だから私は……家族を置いて……行ってしまった。でもそれは、いけないことだった……パパ……ロージィ……ごめんなさい……ごめんなさい」
彼女の目から、星くずが…『涙』が、流れました。とめどなく、ただとめどなく、流れ落ちました。
「チコ……、……、…………、………、……、……、………、……、……、……………、……、………、……、………………、……、………、………、……、みんな…私を置いて、行かないで………」
たくさんの、たくさんの名前を、彼女は呼びます。それは星となり、生まれ変わったチコたちの名前でした。ロゼッタもまた、数えきれないほどの別れを経験していたのです。
――悲しみは、ありません。
あのときの、彼女の言葉に秘められた想い。チコを見送るときに抱いていた本当の気持ちを、ジーノはようやく知りました。
「ジーノ……助けてジーノ………私の…………」
「ロゼッ……タ………」
かすれたジーノの声を聞き取る力は、今のロゼッタにはありませんでした。
「みんな……みんないなくなってしまう……私はずっと……世界で……ただ、ひとり……」
ロゼッタの涙は勢いを増し、もう誰にも止めることはできませんでした。
「フフフ……フフフフフ………アハハハハハハハ! これこそが、世界の姿。悲しいから、ヒトは泣いて、生きて……美しくなるのよ……」
彼女は、口を大きく開けて笑いました。その瞳は冷酷なまでに鋭く、光り輝いていました。
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