「パパはもう大丈夫よ。安心して」
少女と、べそをかいていた弟に、ママは静かに言いました。
「ごめんなさい、ママ……ぼく…ぼく……」
弟はたまらずママに抱きつきました。
「あらあら、もう大きいんだから……それでは雨雲は晴れないわ。元気を出して。もう大丈夫だから」
ママは弟の髪を優しくなでました。
「今日はもう遅いわね。さぁ、ベッドに入って。明日になれば、パパもきっと目覚めるわ。そしたら、みんなでピクニックに行きましょう」
「うん、おやすみ。ママ」
「ママ……おはなしを聞かせて。そしたら寝るから」
少女が自分の部屋に行こうとすると、弟がママに言いました。
「いいわよ。今夜は何がいい?」
「ぼく、『ななつぼしのでんせつ』がいいな」
「私も聞きたい。いいでしょママ?」
「ええ、もちろん。ふたりには、もう何度も読んだ物語ね」
「パパとママとジーノの物語なんだもの。何度聞いてもワクワクしちゃう!」
「ママも、このおはなしが好きだわ。読んでいると、まるであの頃の思い出が、絵本から飛びだしてくるかのように感じるの」
書斎の暖炉のそばで、少女はママの隣に座り、弟は頭を膝の上に乗せて横になりました。ふたりのお気に入りの場所です。
「では、始めるわね」
――それは、星を巡る物語。
ある王国の空に、スターロードというお星さまが輝いていました。スターロードはみんなのねがいを夜空の星に変え、ねがいが叶うお手伝いをしていました。そして、ねがいが叶うと、流れ星となって王国に降ってくるのでした。
王国の人たちは、その星を天からの恵みとして受け取り、平和に暮らしていました。
ところがある日、スターロードよりももっともっと高いところから、大きな剣が降ってきました。
スターロードはちりぢりバラバラ。これでは星は生まれません。世界は、ねがいごとが叶わない世界となってしまいました。
さらに悪いことに、その剣の中からたくさんの『武器』が王国にやってきたのです。彼らの望みは、王国を武器だけの世界に変えること。『武器』たちは王国のあちこちで悪さを始め、みんなは困り果ててしまいました。
みんなは、願いました。ちりぢりとなってしまったスターロードに。世界の平和を……ねがいごとの叶う世界の再生を……
ある夜、一筋の流れ星が王国に落ちてきました。『武器』たちがきてから見なくなった流れ星。
流れ星には、意思がありました。流れ星は、自分のことを『ジーノ』と名乗りました。スターロードからつかわされた天空の使者……そして、星を追うものである、と。
ジーノは仲間を集め、バラバラになったお星さまのカケラを集める旅に出ました。
……幾多の苦難を乗り越え、ついにジーノと仲間たちは、国中に散らばったすべての星のカケラを集めました。
ジーノは、仲間たちに言いました。
「みんな……本当にありがとう……スターロードの復活だ! そして…………」
その直後、まばゆい光に包まれて、彼と七つの星は天高く、スターロードの元へ還っていったのでした。
そして世界は再び、ねがいごとが叶う世界に戻りました。めでたしめでたし――
「……ママの話はこれでおしまい」
本を閉じると、ママは弟がすやすやと眠っていることに気が付きました。
「あらあら、この子ったら。こんなところで寝たら風邪を引くわよ」
「もぉ……いつもおはなしの途中で寝るんだから」
少女はやれやれといった表情です。
「ママ……ジーノにはもう会えないの?」
人形を見ながら、少女は尋ねました。
「それは、ママにもわからないわ。でも彼は、今もあの空で私たちを見守っていてくれる。そんな気がするの。はなればなれになっても、心はいつまでもつながっているわ」
「うん、私もそう思う。だってママたちとジーノは、大切な仲間だもの」
「フフフ、そうね。さぁ、あなたもそろそろ寝なさい」
「うん、ありがとうママ。わたしもいつか、ママみたいに絵本を書くわ! そしたらママも一緒に読んでくれる?」
「ええ。もちろんよ。あなたの書いた絵本、楽しみにしているわ」
「私がんばる。私の絵本を読んだら、ママの病気もきっとよくなるんだから!」
「ありがとう。じゃあ、この子を頼むわね」
「うん、任せて」
「おやすみ、ママ」
「おやすみなさい……」
少女は弟をおんぶすると、部屋へと向かいました。
「ジーノ……私もいつか、あなたに会えるのかしら?」
いつもいっしょに遊んでいるジーノ人形が、なんだかとても頼もしい存在に思えました。
「……ごめんなさい。私に残された時間はもう……せめて、少しの間だけでも、あの子たちを笑顔にしてあげたい。ジーノ……私のねがいをあなたに託すわ。だから、お願い……」
ママは、書斎の窓から見える遠くの星たちを眺め、ひとりつぶやくのでした。
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