終章 -千秋楽-


「さぁ、見せて。あなたの身体を」
 手を彼女のドレスにあてがい、もう片方の手の指をパチッと鳴らした。魔法が発動し、ロゼッタの服がどんどん透けていく。やがてすべてが消え、彼女の艶めかしい素肌が露わになった。それと同時に、部屋の明かりが暗くなり、壁に描かれた星が輝き始める。
 私は起き上がり、ロゼッタの身体を俯瞰した。度重なるキスですっかり火照り、純白の肌は赤みを帯びていた。汗でしっとりと濡れた肌が怪しく光り、思わず見とれてしまった。
「まぁ。なんてキレイなの……生まれたての赤ちゃんみたいね」
「マ、マ?」
 虚ろな目で、ロゼッタは私をそう呼んだ。にじみ出た悲しみの記憶と媚薬、そして無数のキスと愛撫による衝撃が、彼女を過去へと誘っていたのだ。
「ええ。私よ。ロゼ」
 彼女の記憶から読み取った呼び名と口調で、私はママを演じた。ロゼッタは安堵の表情を浮かべ、深く息を吐いた。身を起こそうとする彼女の背中に手を添え、手助けをする。ロゼッタは、自分が裸になっていることに気づいた。
「ママ、私病気なの?」
「ええ。あなたは病におかされている。あなたの記憶を封じた、『氷』という名の病に」
「『氷』? 記憶? 私、何か大事なことを忘れちゃったの?」
 不安げな声で尋ねる彼女に、私は笑顔を浮かべ、ママの言葉をかけた。
「大丈夫。記憶はきっと取り戻せる。ふたりでいれば、どんなに冷たい氷だってきっと溶かせるわ」
「うん、ママ」
 私は両手を広げ、ロゼッタを迎え入れようとしたが、ベッドに括りつけた縄が彼女を邪魔した。
「あれ? 手が……私、なんで縛られて……」
 ロゼッタは縄を解こうとしきりに身体を動かした。
「ごめんなさい。あなた、病気でひどくうなされてて。自分の身体を傷つけようとしていたの。だから仕方なくね。今解くから」
 縄を解くと、ロゼッタの手首は赤く染まっていた。それをじっと見ていた彼女の目に、再び光が宿り始めた。
「……あなたはママじゃない……私は捕らえられて……うっ」
 人差し指をロゼッタの額に向け、衝撃を飛ばした。彼女はうめき声を上げて再びベッドの海に沈んだ。
「まだ自我を残していたなんて。さすがはもうひとりの私ね……」
 自分のドレスを触りながら指を鳴らし、魔法で服を脱ぐ。下着で抑え込まれていた胸がほのかに揺れ、開放感に満たされていく。生まれたときの自分の姿を、確かめるように撫でさすってみると、花弁からは既に蜜が滴っていた。指で掬い、舐ってみる。蜜は温かく絡みついて、私の舌を侵していく。指の蜜をロゼッタの唇に塗り、再びキスをする。
「んっ……ふ……」
 キスをしながら、身体をロゼッタにゆっくりと重ねていく。互いの身体が融合していくかのようにしっとりと馴染み、心音がハーモニーを奏でる。柔肌が乳房をやさしくこすり、声が漏れる。
 私たちは、ひとつになった。
「ママ……私、怖いよ……」
「大丈夫。思い出させてあげる。本当のあなたを」
 心の『氷』が溶け出し、ロゼッタは再び少女に戻った。彼女の目に溜まった涙を舌で拭うと、私の心に悲しみの色が広がり、ジュクジュクと刺激した。
「私が受け止めるから。あなたの悲しみを。あなたの涙を」
 彼女の指の隙間に自分の指を差し込んで握りしめると、ロゼッタは精いっぱい握り返してくれた。手と手が、心と心が、つながりあう。
「好きよ……好きよ……好きよ……ロゼ」
「んぅ……」
 唇。耳。首筋。脇。見えたところを片っ端から、本能の赴くままに愛撫する。どこを舐めても、なめらかで良い香りがする。穢れを知らない純白の肌を、私の色に染め上げていく。
 手と舌で、乳房の周りにそっと触れ、徐々に中心へと向かっていく。やがて辿り着き、摘んでクリッと捻ると、乳首はあっという間に成長し、彼女の丘のてっぺんにそそり立った。
「ああっ……! うっんっ……っ」
 片方を指の間で挟み、片方を舌で転がす。焦らしに焦らされ、敏感になった乳首への愛撫は、彼女に絶大な快感をもたらした。身体は震え、心の『氷』にひびが入るのを感じた。私は彼女の胸に夢中でしゃぶりついた。舐めつくした乳首から、唾液が母乳のように垂れる。
 ふと、下半身がびしょ濡れになっていることに気が付いた。身体を起こすと、ロゼッタと私の間で蜜が糸を引き、ぬらぬらと光った。彼女の黄金の園には、私のそれがべっとりとついている。
 私は乱れたロゼッタの園を整えた後、指に魔力を貯めた。
「動かないでね。キレイにしてあげる」
「恥ずかしい、よ……ママ」
 指で彼女の園を撫で、剃り落としていく。ロゼッタは顔に手を当て、毛穴に伝わる刺激と羞恥心に悶えた。
「ふ……あ……」
「あぁ……素敵ね」
 隠れていたロゼッタの秘境が露わになり、その美しさにため息が出た。花弁からは蜜が溢れだし、シーツに大きなシミを作っていた。
 媚薬の残りを全て口に含み、剃り落とした園を瓶いっぱいに詰めた後、私はロゼッタの内ももを両手でなでさすり、舌を這わせた。両手に力を入れて股を広げ、顔を近づけていく。花弁にフッと息を吹きかけるだけで、ロゼッタからは甘い吐息が漏れ出す。彼女は足を閉じようとするが、羞恥と快感の間に苛まれて、力を出し切れずにいた。
 私の両手はロゼッタの花弁のすぐそばに辿り着いた。上目遣いで彼女の目を見つめ、合図を送る。一瞬の間のあと、私は彼女の花弁を徐々に広げていく。ロゼッタは目をつむり、必死にこらえていた。
 いやらしい音を立て、蜜が糸を引く。果肉は鮮やかなピンク色をしており、ロゼッタの鼓動に合わせて蠢いていた。
 花弁に舌先で触れた瞬間、ロゼッタは反射的に私の頭をマシュマロの太ももで包み込んだ。
「ママ……だめ。私、もう……壊れちゃう……」
 目を潤ませ、ロゼッタは必死に訴えた。目を閉じ、彼女の心をのぞくと、心の『氷』には大きな亀裂が入り、そこから悲しみの感情が込み上げていた。真っ白な光に包まれていた景色は、深い宇宙の闇へと変わり、残った光は小さく瞬くだけで精一杯のようだった。たぶんこれが、最後になるだろう。
 目を開け、私はロゼッタに微笑んだ。
「あなたの記憶は蘇り、心は闇に包まれる。でも、私があなたを観ているから。ずっと。ずっとね。約束よ。ロゼ……」
「ママ……?」
 それが、ロゼッタの最後の言葉だった。
 私は彼女のみずみずしい花弁に舌をめり込ませ、蹂躙した。舌先で入口を割り、中の果肉を、種子を存分に味わう。溢れ出る蜜は温かくトロリとしていて、実にまろやかだ。味はほのかに甘く、彼女の匂いが口いっぱいに広がった。あぁ。長年の飢えが、渇きが、癒されていく。蜜に溶けた快感の記憶が私の中へ次々と流れ込み、頭の中が真っ白に溶かされていく。こんなものを味わってしまったら、他のものはもう口にできないではないか。あぁ、堪らない。欲しい。欲しい。欲しい。もっと欲しい……!
 我を忘れて、禁断の果実にかぶりついた。舌で転がし続けた種子は膨れ上がり、真っ赤な花を咲かせた。
「あ……あ……あああ……ふぅっ! うっ……あぁ……! ぁあああっ!!」
 言葉にならない叫びを上げ、ロゼッタは何度も何度も身体を震わせた。媚薬により、彼女の身体は常人の何倍もの感度に達していた。腰も理性もとうに砕け散り、抗うすべを完璧に失った彼女は、もはや快楽に身を任せる獣でしかなかった。もっと、もっとと私によがり、求めてくる。私は求められた倍を彼女に与え、幾度となく歓びの淵へと誘う。握りしめたシーツが破け、身体中から汗が、涙が、涎が、何もかもが、流れ出した。果肉からは蜜と聖水が勢いよく噴き出し、私の顔と上半身はびしょ濡れになった。

 湧き出る聖水と蜜をゴクゴクと音を立てて飲み、身体に塗りつけて水浴びする。彼女の聖水が全身の隅々にまで行き渡り、私もまた何度も頂点に昇りつめる。
 身体に走る電流が、燃え盛る色欲が、私をさらに加速させる。口からドロドロに溶けた媚薬を指に取り、そのままロゼッタの果実の奥へと運ぶ。性に目覚めた彼女の果実は、私の指を快く迎え入れた。中を傷つけないよう、じっくりと押し広げていく。温かい蜜が指に絡みつき、柔らかな肉壁に締め付けられ、とても気持ちが良い。この身体をすべて、彼女の中に入れてしまいたいと思った。欲望の赴くまま、彼女の深奥へと指を沈めていく。そしてついに、私の長い中指が、ポッコリと盛り上がる扉を捕らえた。魂を包みこみ、新たな命を授ける天への扉。ヘブンズドア。私はその扉をノックした。ロゼッタは絶叫とともに背骨が折れてしまいそうなほど仰け反り、意識は銀河の彼方へと旅立った。涙の湖底に眠る彼女の虚ろな瞳は、無数の星々を映して煌めいていた。


 どれほどの時が経ったのか、わからなかった。
 互いに気絶と覚醒を繰り返し、夢と現実の境界があいまいになっていくなかで、私たちは交わり続け、官能の宇宙に漂い続けた。
 気が付くと、私はロゼッタの心の中にいた。心の『氷』は跡形もなく崩壊していた。『氷』の欠片は溶けて黒い水となり、飛び散ってわずかに残っていた光を遮った。彼女の心は、完全な暗闇に包まれた。
 闇の中には、ウサギのぬいぐるみを抱きしめる少女だけがぽつんと取り残されていた。
 さぁ、仕上げの時間だ。眠るあの子を起こし、自分の抱えてきた闇を見せてあげよう。そして絶望し、この闇と完全にひとつとなったとき、全ての記憶を取り出して、星くずとしてこの宇宙に放つ。恵みを受けた新たな命には悲しみの記憶が宿り、それはいつの日か芽吹く。
 世界は悲しい。だからこそ、命は生きようと努め、美しい火花を散らすのだ。そして、散った命の悲しみの記憶は次の命へと受け継がれ、新しい火花を生む。この子の抱えた悲しみの記憶は、計り知れないほど大きい。これだけの悲しみを世界に恵めば、たくさんの命の糧となり、宇宙に無数の火花を生み出すことになるだろう。だがそれは同時に、彼女の記憶が完全に失われることも意味している。そのとき、空っぽになった彼女の心に私の記憶を注ぎ込めば……
 一緒に行きましょう。ふたりだけの未来へ。青き薔薇。奇跡の名を持つロゼッタよ。
 少女の肩に手をかけようと近づいたそのとき、ウサギのぬいぐるみが光りだし、起き上がった。そして、私の前に立ちはだかった。
 私は構わず、少女に手を伸ばす。が、あと少しのところでぬいぐるみの光に弾かれた。
「あなたはまさか……」
 ぬいぐるみの両脇に手を入れ、ヒョイッと持ち上げると、あの青いヒーローくんのイメージが思い浮かんだ。やはりそうか。私は思わず笑みを浮かべた。ジタバタと抵抗するぬいぐるみに、私はひとつの提案をした。
「ねぇ、勝負をしましょう。記憶と感情を取り戻し、絶望したこの子を、本当のあなたが救えるのかどうか。もしもあなたが本当の『ヒーロー』ならば、私はこの子のもとを去り、宇宙の彼方から、その行く末を見届けましょう。逆に、そうでないのなら、この子は私が連れていく。永遠に、ね」
 ぬいぐるみを手離し、その場を去る。一度振り返ると、ぬいぐるみは心配そうな顔で少女のそばに寄り添っているのが見えた。昔、同じものをどこかで見たような気がした。


 目を開くと、ロゼッタは目の前でぐったりと横たわっていた。女の悦びを知り尽くしてしまった彼女の身体は、以前にも増して遥かに色っぽくなり、私を誘惑していた。
 口に魔力を貯めこんで、ロゼッタの左胸にキスした。キスマークはカタチを変え、薔薇となった。
「贈り物よ。いつか役に立つわ」
 指を鳴らし、魔法でシーツを取り換える。タオルでロゼッタの身体を丹念に拭いた後、ベッドに寝かせた。スゥ、スゥと聞こえる寝息がくすぐったい。
 部屋を出る前、最後にもういちどだけ、ロゼッタにキスをした。どこにキスをしたかは、私だけの秘密だ。
「おやすみなさい」
 裸のままタオルを持ち、バスルームへ向かった。裸足で歩く床はヒンヤリとしていて、火照った身体に丁度良かった。
 お風呂に入れる香草は何にしようか……これから起こる運命を前にして、随分と他愛のないことを考えているなと、歩きながら独り言ちた。


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