「…………ここは……」
「お目覚めね。ここは私の天文台。寝室よ」
薄く目を開け、母親を探す赤ん坊のような瞳で、彼女は辺りを見渡した。瞳は私を捉え、徐々に大きく開かれていった。
「ここまで運ぶのに苦労したわ。だってあなた、大きいんですもの。余り人の事は言えないけれど。フフフ」
「我が子を、どうしたのです」
「そんな顔をしないで。せっかくの美人が台無しよ」
必死に抵抗する彼女の目が、私をますます興奮させる。
「彼らが連れて行ったわ。『武器』たちが」
「一体何のために……」
「彼らは星の子から力を得ようとしているの。星の子には、力がある。成長した彼らはいずれ、惑星、太陽……そして、パワースターになる。そんな力を秘めた彼らを材料として使えば、きっと強い武器が作れるのでしょうね。私には興味のない話だけれど」
「そんな……そんなことはさせません。決して」
彼女の目に、ほのかに怒りの色がつく。ぎこちなく怒る彼女の心に、私は言葉でそっと揺さぶった。
「なぜ? 彼らはいずれ、あなたの前からいなくなるのよ。遅かれ早かれね。武器の材料にされるのも、星に生まれ変わるのも、同じことではなくて?」
「違います……たとえいつか別れることになっても、私はあの子たちに……笑顔でいてほしい。いつか星に生まれ変わるその日が訪れるまで。誰も悲しませたくないのです。だから私は……」
抑えていたものが溢れかけ、ロゼッタは口をつぐんだ。私は彼女の心を、さらに強く揺さぶった。
「若いわね。私もあなたのように考えて、生きたことがあったわ。私のママは、小さいころにいなくなった……たくさん泣いて、たくさん悲しんだわ。そしたらある日、チコに出会った。その子にも、ママがいなくてね。いっしょにママを探してあげるうちに、ある決心を抱いたの。ママがいないのなら、私が『ママ』になればいい……と。はじめは楽しかったわ。一緒に暮らす家を建てたり、絵本を読んであげたり……たくさんのチコの名前を考えてあげたりして、ね」
すべて、嘘だ。ロゼッタの身体に触れていた時に読み取った記憶をほぼそのまま口にしただけだったが、彼女を驚かせるには十分すぎるほどの効果をもたらした。ロゼッタの身体は、かすかに震えていた。もう少しだ。
「でも、やっぱり私は私。ママがいないかなしみはいつまで経っても消えなかった。ふと気になって、ぼうえんきょうで故郷の星を見たわ。そしたら、懐かしい景色が映ったの。大きな木が立っているなだらかな丘。夜になると星がとてもキレイに見えたわ。眺めているうちに、故郷での思い出がよみがえってね。ママとのことも思い出して、とても、とても悲しくなって…………」
ベッドに腰かけ、ロゼッタの頬に触れる。とても冷たい。心の『氷』が、彼女の血を凍てつかせ、滞らせているのだと思った。
「それで、私は思ったの。悲しみが消せないのなら、すべて、壊れてしまえばいい……って」
話の最後に本心を添え、ウソを真実へとすり替える。私はすでに、彼女の心の扉の前に立っていた。
「あなたは私。私はあなた。だからあなたもきっと、私と同じような経験をしたのでしょうね。たとえ忘れてしまっても、星くずの記憶はいつまでもこのカラダに残っている」
触れていた彼女の頬から、『氷』に覆われた深い悲しみの欠片が雹となって、私の心に降り注ぎ、拒絶する。人のやさしさと温かさを、彼女は忘れようとしている。もう二度と、悲しい思いをしないようにと。祈るように。
私はロゼッタの頬を撫でたあと、彼女の上にまたがり、子供を寝かしつける母親のようにささやいた。もう、我慢の限界だった。
「私が、あなたを温めてあげるわ。凍てついた心の『氷』を溶かしてあげる。そして思い出すのよ。自分が誰だったのかを」
「何を……」
――鼻と鼻が擦れ、息吹を肌で、口で、心で感じる。
柔らかい唇の感触が頭にじんと伝わり、心に火が灯った。消すすべは、もはやない。
「……!」
直後、彼女の心に強い動揺と不安の色が広がるのを感じた。ロゼッタは身体をよじり、縛られた両手を必死に動かした。それが彼女の精いっぱいの抵抗だった。
「私が夢を見させてあげる。極上の夢を………」
大丈夫、と言い聞かせるように、ゆっくりと、何回も唇を重ねる。上唇と下唇を順番にはみ、舌で舐めまわしていく。艶やかなピンク色の唇は唾液でさらに輝きを増し、ますます魅力的に見えた。頑なに閉じられていた彼女の口がわずかに綻んだ隙を逃さず、私は口の中に舌を滑り込ませ、純白の歯を一本一本丁寧に撫でていく。それと同時に、口の中で溶かした媚薬を唾液とともにたっぷりと舌に塗り付け、身体の中に流し込んでいった。
「や、やめて……」
絶え間なく続くキスの最中、必死に絞り出された声が私の耳を刺激する。両手で、彼女の上半身をまんべんなく触ってみる。頭、髪、首筋、鎖骨、肩、腕。栄養が隅々まで行き届き、健やかに育ったようだ。
「ステキね……あなたのカラダ、とてもキレイよ。壊すのがもったいないくらいにね」
ロゼッタの心の『氷』が、怯えるようにブルブルと震えだす。
「ヒトの温もりを怖がっているのね。昔、その温もりに恋焦がれていたはずなのに……」
「わ、私は…………」
「あなたは自分自身に魔法をかけた。記憶と感情を凍らせる魔法を。時間をかけてゆっくりと。そうでなければ、あなたはあなたでいられなくなってしまうから」
舌を奥深くに入れ、彼女の口内をかき回すと、「……ん……」と切ない声が漏れる。
「さぁ、恐れないで。ゆだねなさい……心も、カラダも」
チュル、チュルと音を立て、頬の内側を、上あごの天井を舐め続ける。ロゼッタの頬が次第に紅潮し、息が荒くなっていった。縋るように伸びた彼女の舌を、私は強く吸った。
体温が上がり、身体の匂いが強くなる。甘い香りに包まれ、とろけてしまいそうになる。
「いい匂い……アプリコットの香りがするわ。私の大好きな……やっぱりダメね。自分を抑えられないわ。できればやさしくしてあげたかったのだけれど。でも、あなたがいけないのよ……?」
ロゼッタの耳をふさぎ、舌を目いっぱい奥に挿し込んで、口内を掻き回す。聴覚をダイレクトに刺激され、彼女は激しく喘いだ。
「んん……ハァ…………ァ……」
「いいわ……その歌声を、もっと私に聞かせて」
息を荒げ、上下に大きく揺れる胸を鷲掴んだ。柔らかい感触と熱が両手いっぱいに広がっていく。
「……あ……う………」
「思い出は、ここにある」
「……っ」
両胸を小さく円を描くように揉みこむと、息遣いはますます荒くなっていった。その下で、トクン、トクンと脈打つ鼓動を感じた。ロゼッタの目は天井を仰ぎ、意識が朦朧としているようだった。私の愛撫で、薬のまわりが早くなったらしい。目を閉じ、彼女の心を覗くと、『氷』が少しずつ溶けだし、水の滴り落ちるイメージが浮かんだ。
「さぁ、思い出して。あのときの悲しみを。そして自分の犯した過ちを」
「……マ、マ……」
ロゼッタは目を潤ませ、謝るように呟いた。記憶と感情が、少しずつではあるが戻ってきているようだ。しかし、心の『氷』は依然として大きく聳え立ち、彼女の心を閉ざしている。まだ、足りない。私の欲望も満たされてはいなかった。
「まだよ……まだまだこれからなんだから。もっと私を楽しませてちょうだい」
彼女の心に、青黒い悲しみの色が広がっていくのを感じた。それは、心の『氷』が溶け、僅かににじみ出たものに過ぎなかったが、今の彼女の心を十分に濁らせていた。このまま続ければ、彼女の心は深淵の闇に包まれ、二度と元の自分を取り戻すことはできないだろう。この私と同じように。
「もうすぐあなたは、私になる……」
口を閉じて笑いながら、私は彼女のドレスに手をかけた。
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